第5章 文化祭とプレゼントはやっぱり億劫 2
修了式が終わり、週が明けた月曜日。歩とクラスの柴高祭実行委員メンバーは学校の美術室に集まった。柴高祭準備の打合せをするためだ。
「なんで美術室なの?」
歩は当然の疑問を口にする。
「先輩に言ったら使っていいよって言ってくれたから。ほら、看板とか作るなら、美術室の方がいいでしょ。汚れても問題ないし。いいじゃん。美術室は美術部のものみたいなもんでしょ」
瑠美、まさかの美術部私物化宣言。歩は瑠美の図々しさに恐れを抱いた。
「小道具とかも色々使えるし。ね、弦君」
「……ありがと、瑠美。助かる」
普段は人当たりが良くさわやかな立ち居振る舞いの弦だが、瑠美の異常な行動力に引いているのか、その笑顔は少し引きつっていた。
「ゆずるー、早く始めてくれよー。てか、俺たちやることあんの?」
そんな弦に対し、カトケンは机の上で胡坐をかきながら文句を言う。歩はあまり話したことが無いが、瑠美や弦とよく話しているのは見たことある。歩はあまり好まない人種であると直感で感じていた。金髪短髪、着崩したワイシャツ、バカっぽい。そんな感じだ。
「待て、あるから」
そんなカトケンを一言でいなし、弦は美術室の黒板の前に立った。
弦が黒板に「柴高祭実行委員クラス担当」と書き出す。それを見て歩はワークショップの始まりを思い出した。計画を練るためにみんなで集まるこの感じ。また何か始めるのか、と憂鬱な気分になる。しかもあまり話したことのないクラスの人と一緒に、柴高祭実行委員のメンバーとしていきなり話すという状況。ハードルが高すぎる。
「今日はこの四人だけだけど、もう始めちゃおっか」
そうして教卓の前の席に、歩、瑠美、カトケンが座り、小さな打合せが始まった。
「歩さん、今日が初めてだよね。よろしく」
「よろしく。……実行委員ってこれだけなの? 前もっといなかったっけ?」
夏休み前、教卓で集まって話し合っていた時は女子がもう二人いたのだが、今日は彼女らの姿はなかった。
「あー……。ほんとは後二人いるんだけど、みんな予定があって来れなかったみたい。高木と藤沢ね」
歩は「あー……」と言いながらどんな人だっけと頭の中のクラスの女子フォルダを漁る。しかし、名前と顔画像が一致しない。そんな名前の人はいたような気はするのだが。
「高木さんは窓際の後ろにいつも座ってる子だよ、茶髪のショートの子。藤沢さんは高木さんといつも一緒にいる子だよ」
瑠美がそう補足をし、歩はなんとなく覚えだしたように、また「あー……」と言うが、全く顔が出てこなかった。
「……藤井、クラスの女子把握してないの? マジか?」
「……あんまり喋らないからちょっと覚えだせなかっただけ」
カトケンのデリカシーのない発言に歩も少し不機嫌になる。それを察知したのか、弦がすぐにもとの話に戻す。
「材料の準備とか当日使うテントとかの手配は夏休み明けだし、夏休み中は、販売するカステラの味どうするかとか、夏休み以降のクラス全体の分担決めとかをやるから、逆に少ない方がいいよ。人数多いと逆に大変だし」
弦は「じゃあもうその話、始めちゃおうか」と言い、黒板に夏休み中にやることと、夏休み以降にやることを分けて書き出し始めた。
「夏休み中にやることは、出すカステラの味決めとクラス全体の役割分担を決めること。あと、それをみんなに連絡してOKもらうことな。これは俺たちで夏休み中にやる。夏休み明けてみんながすぐ動けるように事前に物事決めとく感じだね。夏休み以降は当日までは買い出し班、屋台設営準備、屋台装飾準備があって、当日は客引き班、受付・お会計班と調理班に分かれて動く。当日の設営は暇な男子でやるだろうから、それ以外はこの担当割がこのまま各自当日にやることになる感じ。ここまでOK? 大丈夫そう?」
瑠美は事前に聞いていたのか、ここら辺は軽く聞き流し、歩はうんうんとうなずく。カトケンが「大丈夫、ついてきてるよー」と机に脚を乗せながら手をひらひらとさせた。
「……俺が考えただけだから、なんか足りないところあったら言ってね」と、弦は苦笑いする。すると、瑠美がハイハイ、と手を挙げた。
「あと歩がやる看板とクラスシンボル制作ね」
「あ、ごめんそうかそうか」
瑠美の指摘を受けて、弦は担当割に「看板・クラスシンボル制作」が追加し、説明を続ける。
「んで、ここの中心メンバーはできるだけ各担当についてもらって状況とかを確認してもらう感じ。クラス代表は俺で、全体の実行委員とのやり取りとかは俺が基本やるから」
「じゃあ、夏休み中は味決めとその分担決めるぐらいしかやることないってこと?」
カトケンの疑問に対し、弦は「いや」と首を振る。
「まだ担当割の枠が決まってるだけだから、具体的に何をしなきゃいけないかも洗い出しとかないとなんだよ。いきなりみんなに、さあやって! って言っても動けないだろ? だから、担当割を決める前に、具体的にやらなきゃいけないことをリストアップしとかないといけない。だから、あと2、3回で各担当のやることリストみたいなの作って、中盤ぐらいにみんなに連絡して担当決めをしたい」
「……なんかめんどくせえなあ。俺、クラス代表初めてだから知らんかったわ」
カトケンがあからさまに嫌そうな顔をする。歩もそれに同意した。こういう事前の物事決めが一番面倒臭い。「まあね……」と弦が呟くように言うと、みんな、やることの多さにひるみ沈黙する。
その沈黙を打ち破るように、瑠美が「よし」と手を叩く。
「まあしょうがないよ、じゃあ、担当今いる人でもう担当振ろ」
明るく前向きに、と瑠美が話を続けるよう促すと弦もそれに同意し、四人で担当分けをし始める。
担当割は希望を出し合ったらすんなり決まり、瑠美は買い出し班、受付・お会計班、弦は屋台装飾準備、客引き担当、カトケンは屋台設営準備班、調理班担当となった。
「私は担当どこもつかなくていいの?」
「歩さんはもうすでに担当あるからね。大丈夫。忙しいでしょ」
弦は看板担当と書かれた場所をチョークでコンとつつく。すると瑠美が机に片肘をつきながら口を開く。
「弦君、本当に大丈夫なの? 弦君の担当、できるだけほっといても問題ないやつにしたけど、全体のまとめをしながらって、きつくない?」
「まあ、そこは大丈夫だと思うよ。高木とか今日来てない人もいるし、そこに手伝ってもらえば」
弦の楽観的な発言に、瑠美は「う~ん、ほんとに大丈夫かな~」と心配するような素振りを見せる。
「たぶんあの子たち、ほとんど何もできないんじゃないかな。こないだ夏は旅行に行くんだみたいなこと言ってたし。弦君、全体の実行委員の仕事もあるし、絶対きつくなるよ。資料のまとめとか、お金の管理だけでも手伝ってもらえば?」
そう言うと弦と瑠美は二人そろって歩の顔を見る。弦は申し訳なさそうな表情をしていたが、瑠美は無表情で冷めた目線を飛ばしてくる。「やるよな?」という言外の圧力を感じる。
「……そこまで忙しくないなら」
「じゃあ決まりね」
そうすると瑠美は黒板の前に移動し、歩の名前の横に「クラス代表補佐」と書く。なんか肩書だけ見ると参謀みたいなポジションだが、大丈夫だろうか。弦は歩に向かって片手を出し、声を出さず「ごめんね」と表現した。
「えー、俺の手伝いも欲しいんだけど」
「カトケンうるさい。お前そこまで大変じゃねえだろ」
文句を言うカトケンを弦がノートで頭をぽかっと叩いた。
その後も打合せはスムーズに進んだ。全体の実行委員会への申請等で必ずやらなければならないことの共有、販売するカステラの味の決め方と、今後の大まかなスケジュールの決定。その日に話し合うべきことはほとんど終えた。これだけさっと決まるのは、歩も予想外だった。
弦が最初、「少ない方が楽」と言ったのはその通りだった。周り様子を見ながら意見を言う必要もないし、同意の意思をとる必要もない。夏休み前にやった出し物決めとは雲泥の差だ。
打合せが終わるころには、時計の針はちょうどてっぺんを指していた。瑠美はスマホでSNSを確認し、カトケンが伸びをしながらあくびをする中、弦は机に腰を掛けながらスマホを出し、メッセージアプリを起動した。フリック入力で何やら文章を打ち始める。
「クラスのみんなには一応俺が連絡しておくわ」
打合せで決めたことは、クラスのメッセージグループで共有することとなっている。弦からの連絡であれば、それほど文句は出ないだろう。
「あと、基本、実行委員関連の連絡は実行委員のグループでするけど、クラスグループでも連絡することあると思うから、ちゃんとチェックしといてね」
弦がそう言うと、歩から「えあ?」と変な声が出た。あ、まずい、と歩は顔を引きつらせる。
「? どうかした、歩さん?」
歩の様子を察し、弦が尋ねる。
「いやぁ……」
言うのを躊躇う歩。それを見かねた瑠美が歩に代わって結論を言う。
「グループは入ってないよ、この子」
「……」
「……」
「……マジか?」
カトケンがぽつりと呟いた。
「私、招待送ったんだけど、別に必要になることなさそうって言って、入ってないの」
瑠美の説明を聞いて、カトケンは(カトケンにとって)素朴な疑問を口にする。
「でもクラスで遊ぶ時とかグループで話すじゃん」
「カトケン、それは……。その……。必要が無かったんじゃないかな」
カトケンにこれ以上デリカシーゼロの発言をさせないよう、弦は直接的な言葉を使わず何とか説明しようとするが、見かねた瑠美がまた、「この子、私以外とあんまり絡まないし、必要ないのよ」と直球ストレートな説明を繰り出す。するとカトケンは「ほぁ……」と声を出しながら、そういうやつか、といった目線で歩を見た。二人の配慮がない言動に、弦は気まずそうに歩の顔を見る。
ただ一人、気を遣う弦がかわいそうに見えてきた歩は、しょうがなしに自分で説明を始めた。
「……部活とか家のこととかで忙しいし、入ると通知がすごい来るから入ってなかったの。いちいち通知が来ると気になっちゃうし」
「けど学校のマジの連絡とかも回ってきたりするじゃん、休校とか。それどうしてたん?」
「学校の公式サイトに基本載ってるから、大雨とかの日とかはそこで確認してたよ」
「あ、そう……」
他にもあるだろう、とカトケンは例を出そうとするが、クラスの人と絡みが無いとなるとほとんど必要がないことに気付く。
そして、四人の間に重たい空気が流れる。
中学の時までは歩もクラスのグループには参加していた。入っていないとクラスの話題に付いて行けないし、知らないところで何か悪口とかを言われているかもしれない。さらに入っていないという事実だけでもクラスから浮いていると思われ、それがいじめのきっかけになったりすることもある。そのリスクを回避するために、歩は少なくともクラスや部活、実行委員などのグループには自分から入るようにしていた。
ただ、一回入るとそのコミュニティの維持のために内容を確認しなければならないし、ほどほどに発言しなければならない。高校ではそれが面倒となったため、そもそもコミュニティに入らず、クラスでは背景に徹することとしていた。
歩がこの沈黙に居心地の悪さを感じ始めたころ、弦が「まあ、これから連絡はメッセージでするから、とりあえず招待するね」と招待メッセージを歩に飛ばす。歩のスマホ画面に『ゆずるからグループの招待が届きました』と通知が表示された。
このクラスになってもうすでに三か月半が経過している。そんな中、今まで参加してなかった歩がいきなりクラスグループに入るという暴挙。グループに新しいメンバーが入ると通知される仕様となっているため、歩がクラスグループに入ったら、必ずクラス全員の目に入る。歩は『招待を受けますか?』と表示された画面で『はい』を押すのを躊躇う。
「まだグループ入ってないでしょ?」
瑠美が歩の画面をのぞき込む。今まで通り瑠美に教えてもらう形にできないかと考えていたが、その考えは瑠美に見透かされていたようだ。
「……今まで通りでよくない? 私、発言することないだろうし?」
「ダメ。いちいち共有すんの、めんどくさいよ。これからは自分で確認して。……ほら!」
「えっ、ちょ!」
瑠美は歩のスマホ画面に表示された『はい』ボタンを押す。すると歩以外全員のスマホが、ヴ、と音を立てて震えた。
「あ、藤井の参加通知来たわ、マジやべー」
カトケンはシーソーの様に椅子を揺らしながらスマホ画面を見て言った。
「これでもう私にいちいち聞かなくて済むね♡」
「いちいち」の部分を強調する瑠美。そんなに面倒くさかったのか。歩は夏休み明けのクラスの空気を想像し、どんな顔で登校すればいいんだと絶望した。