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忘れていたのは、一点だけ  作者: 朝倉 淳
第2章 てんやわんやのワークショップ。その中、歩は少年と出会う
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第2章 てんやわんやのワークショップ。その中、歩は少年と出会う 7

「ワークショップは、自分で申し込んだの?」

 ある程度ストーリーが決まり、少年が登場人物の絵を描いている間、少年に尋ねた。

「うん」

 ワークショップの申し込みは、紙の申し込み用紙に必要事項を記載してもらい、図書館の受付に提出してもらう形で受け付けている。親御さんが申し込み用紙を持ってくることがほとんどなのだが、どうやら少年は自分で用紙を受付まで提出したらしい。

「一応聞くけど、ご両親は知ってるよね?」

「知ってるよ。保護者のサイン、必要だし」

「保護者のサインだけ、その、お母さんとかに頼んだの?」

「お父さんに頼んだ」

 つまり、この少年は自分で申し込み用紙を入手して、必要事項を書いて提出したということだ。意外と利口だな、と思うと同時に、どこか寂しく感じるのはなんでだろうか。

「なんで申し込んだの?」

「別に、友達も申し込んでたから」

 すぐに嘘だと思った。前回の様子を見ていたら、友達と言える子がいないことはすぐ分かる。

 友達はいないけど、普通に参加したかっただけなのだろうか。それか、一人だけ参加せず浮いてしまうのが嫌だったのだろうか。おそらく後者だろう。ただ絵本描きたいという動機だけで、イベントに参加するため自分から親を説得するとは考えづらい。友達じゃなくても、特別なイベント等は共有して、敵ではないということにしておきたい。少年がそこまで考えているかは微妙だが、なんとなく気持ちは分かる。

 ストーリーの方針が決まり、少年だけで作業が進むようになったため、歩は暇となってしまった。手持無沙汰になって、余った鉛筆を手に取る。木の鉛筆を手に取ったのはいつ振りだろう。最近シャープペンシルしか使っていなかったため、妙に細く感じる。

 少年の横で、歩は参考書の端にモンスラの初期装備であるアイアンナイフを描いた。鉄でできたお盆くらいの大きさの盾と、腕ほどの大きさの小回りが利く剣。初期装備のため攻撃力も低く、すぐに誰も使わなくなる武器なのだが、歩は鈍い鋼色にシンプルな赤い布地の装飾が施されているデザインを気に入っていた。

 やはり昔ほどうまくは描けない。盾の湾曲がうまく表せず、少し平面になっているし、剣の方はそもそも柄がどうなっていたか思い出せない。やっぱりこんなものか、と参考書を閉じようとした時、少年が歩の手元をずっと見ていることに気が付いた。

「……何よ?」

「それ、初期武器のやつ?」

「そうだけど」

 少年はじっと歩が描いた落書きを見つめた。

「すげー! お姉ちゃん、絵、描けたんだ」

 美術部員を捕まえて何て言い草だ、と思ったが、マネージャーの分際でそんなこと言えない。

「すごくないよ、昔よりは下手になってるし」

「今は描いてないの?」

「描いてないよ」

「なんで? 嫌いになっちゃったの?」

 歩は少し考えて、少年の問いに答える。

「嫌いというか、めんどくさくなった」

 少年は首を傾げた。それを見た歩は、カウンターに肘をついて続ける。

「一からアイデア練るのも大変だし、描くのも大変だし、見せた相手の反応とか見てると疲れるし――」

 途中で歩は口を止めた。やっと少年が軌道に乗り始めたのに何を言ってるんだ自分は。

「まあ、大人になると色々やることあるしね」

 そう言って話を切り上げようとすると、少年は何言ってんだこいつ、みたいな顔をする。

「……姉ちゃんまだ大人じゃないじゃん。また描きたくなったりしないの? 練習しないと、描きたいときに描けなくなっちゃうよ」

 歩はそれへの反論はまあできず、「まあそうだね」と曖昧に返す。すると少年は強くうなずきながら「そうだよ」と言う。そして、少年はまたシートに向かって、自分の世界を作り始めた。


 十六時を回り、二日目のワークショップが終わるころには何とかシートを埋めることができた。お話の内容は、新米のハンターが依頼を受けて、洞窟の中を探検する冒険もの。道中仲間を作りながら困難を乗り越えて、最終的には洞窟の奥深くにある宝を見つけてハッピーエンド。そんなお話。

 少年は「後は来週まで自分でやる!」と言って帰っていった。

「何、めっちゃ素直になってんじゃん」

 少年を図書館の入り口で送り出した時、瑠美が歩に声を掛けてきた。

「まあ、なんかね」

「教えるなら一日目からやれよ、あんたも素直じゃないな」

 瑠美は、これだからコミュ障は、と額に手を当てる。

「やるつもりなかったけど、先生があの子にちょっかい出しちゃったの。それでさらに拗ねちゃったからさ。それだけです」

「歩、絵、描いてたね。私にも見せてよ。見せてくれたことないじゃん」

「もうどこか行っちゃったよ」

 歩はそう言ってはぐらかし、自分の荷物を取りに図書館の中に戻る。瑠美に言われて気が付いたが、そういえば絵を真面目に書いたのはいつ振りだろう。もしかしたら両親の離婚以来ではないだろうか。


 絵を描かなくなった理由は自分でもあまりはっきりしていない。ただ、昼間に少年にも言ったように、面倒くさい、というのが一番近いと歩は思っていた。自分で描きたいものを探して、時間かけて描いて、人に見せて、感想に一喜一憂して。そうやっていちいち心を動かすのが面倒臭いのだ。

 何より、そんなことに時間をかけても、人のためになったことがない。見てくれた人を喜ばせたりすることはできても、それは一時的なもので、何も残らない。そんな生産性がないことに、なぜ時間をかけるのか、自分のかなでも疑問だったのだろう。そうして自然と、絵は描かなくなった。

 図書館内の人も少なくなり、窓から差し込む日の光が、空間を淡い橙と陰の黒で染め始める。歩は暗くなりつつあるカウンターで資材を整理し、自分の荷物をまとめる。外を見ると、向かいのバッティングセンターで瑠美が柴高の制服を着た男子と談笑しているのが見えた。話している相手は同じクラスの弦君、瑠美がご執心の男子だ。偶然、バッティングセンターに彼がいたのだろうか。

 瑠美は強い人だ。絵を描きながら部活もまとめて、さらに学校での人間関係もうまくやっている。図太いというと悪く聞こえるけど、根本的な心の強さをもっているからできることだと歩は思っている。ひ弱なメンタルの自分では、到底できない。

 自分の荷物をスクールバッグに入れていく。残った参考書の端には、昼間に描いた落書きがにある。平面的な、うまいとは言えない絵。自分が下手になったことを自覚すると途端に嫌になる。だからやめた方がいいんだ、と、歩はため息をついた。

 歩は残った参考書をバッグに突っ込む。そして楽しそうに話す瑠美には声を掛けず、そのまま図書館を後にした。

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