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忘れていたのは、一点だけ  作者: 朝倉 淳
第2章 てんやわんやのワークショップ。その中、歩は少年と出会う
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第2章 てんやわんやのワークショップ。その中、歩は少年と出会う 5

 一週間後。ワークショップ二日目。少年は先週と同じく歩の隣に座っていた。

 少年は先週のプロット用のシートを目の前にうーんと唸っていた。本来、二日目はページ割を決めて実際に絵本を描いていく日なのだが、少年は初日シートを埋めることができず、今日になるまでプロットを考えてこなかったらしい。

「なんで今日まで考えてこなかったの?」

 少年はまたそっぽを向きながら答える。

「だって話考えるの、だるいんだもん」

「じゃあなんでこのワークショップに来たの……」

 少年の元の子もない発言に、歩は呆れたように小声で呟いた。ほんとになんなんだこの子は。

「かっこいい絵描けると思ったから。けど、ずっと話、考えるばっかりでつまんない」

「なんの絵を描きたかったの?」

「教えない」

 少年はそう言ってまた、シートとにらめっこを始める。それなら自分でやれ、と歩もむきになってそっぽを向き、前回と同じく参考書を開いて勉強をし始めた。


 そのまま時は過ぎ、午前の回が終わった。歩は昼食を近所のスーパーに買いに行こうと立ち上がる。その時、ついでに少年のシートを上から覗いた。まだお話どころか、キャラクターすらまだ決まっていない。何とかアイデアを出そうと横に落書きのようなものはあるが、全てに「×」が付いている。このままでは今日中には終わらないだろう。それでも少年は涙目になりながらもどうしようかと頭を悩ませる。今話しかけたら機嫌を損ねてしまうだろうと思い、歩は少年には声を掛けず、ゆっくり席を立って図書館の外へ出た。

 スーパーで買ったコロッケパンを、図書館入口横の屋根下にあるベンチで一人食べる。六月に入り日差しも強くなってきたものの、日陰はまだ風も涼しく心地よい。

 昼食を食べ終え、コロッケパンの袋をゴミ箱に投げ入れる。そして図書館に戻ろうとすると「おい、藤井」と、入り口の近くにいた松本先生が声を掛けて来た。

「ごめん、さっきあの子、怒らせちゃった」

 松本先生はこちらに近づいてくるなり、いきなり手を合わせて頭を下げる。

「何したんですか?」

「いや、ちょっと声かけて、一緒にやろっか、って言って、シートを見せてもらおうと思ったら、きーっ、って怒りだしちゃって、今逃げてきたところ」

 また何やってんだこのおっさんは、と歩は呆れ、ため息をつく。

「何もしないで怒り出すわけないでしょ。ほんとに何もしてないんですか」

「いやぁ、ちょっと一緒にやってあげようかなって思っただけで……」

 おそらく進んでいない状態を大人に見られるのが恥ずかしかったんだろう。要は癇癪を起したのだ。

「おっさんが余計なことするからですよ」

 松本先生は「おっさん」というキーワードにショックを受けたのか、「ぐふう……」と唸りをあげてお腹をさすりながらうずくまる。本当に何やってるんだこのおっさんと、歩は松本先生を上から見下す。しばらくして精神的ダメージから立ち直ると、ゆらりと立ち上がった。

「というわけで、後のフォロー、頼んだ」

「なんで私?」

「え、だって豊橋が、お前が面倒見てるって」

「瑠美か……」と歩は頭を抱える。

「あそこでやっていいとは言いましたけど、面倒見るとかするつもりないですよ」

「いいじゃん、そこはうまくやってよ」

「丸投げすぎ。自分で何とかしてくださいよ」

「まあいいから、なんかあったら呼んでね~」

 そう言って松本先生は「STAF ONLY」の看板がかかった扉の中へと消えていく。後始末を押し付けた教師に、歩は、あのクソ教師が、と、心の中で小さく毒づいた。


 歩は少年の横に座ってまた参考書を開く。少年はカウンターに顔を伏せていた。うまくいかなくて不貞腐れている様子。どうしたものか。

「お昼ご飯は食べたの?」

 少年は反応しない。歩は気にせず続けた。

「ダメじゃん、先生に八つ当たりしちゃ」

「うるさい」

「先生なんかしたの? シート見ようとしただけでしょ」

「あいつイラつくんだよ、怖くないよ、みたいなオーラバンバン出してきて。俺を猛獣か何かみたいに扱うんだ」

 あいつ、やっぱり余計なことしてる。歩は松本先生の腹を突きたくなった。ただ、少年も少年だ。こんなやたらめったらに噛みつくなんて、猛獣というよりは、相手を選ばず警戒する子犬のようだ。

「あんたと仲良くしたかったから先生もそうしたんだよ。なのにそれをはねのけられたら先生どう思う? 自分もそうされたら嫌でしょ」

 言い返せず不貞腐れたのか、少年はまた黙り込む。つい、弟の晴信と話しているような気分になり、いつもの調子で叱ってしまった。

「……だって、絶対こーしろあーしろって言ってくる」

 少年は歩と目は合わせず、シートに目を落としながらそう言う。

「気持ちは分かるけど、怒っちゃだめだよ。先生にちゃんと素直に言うか、何なら、あーだこーだ言われても無視すればいいじゃない」

 うるさい、と少年は一言言って、またシートに目線を落とした。

「俺だけでやる。そうじゃなきゃダメ」

 ダメだこりゃ、と思い、諦めた歩はまた参考書を開こうとした時、少年が机の上に置いていたスマホの画面が見えた。スマホの壁紙は大きな恐竜のような生き物が描かれている画像だった。大きな尻尾と翼があり、体は赤い鱗で包まれ、口からは炎を吐いている。そんなモンスターに相対するのは、装備を纏った、ただの人。持っているのは剣だが普通の剣ではない。巨大だ。持っている人と同じくらいの大きさがある。

 歩は、その、大きな剣を持つ者と、飛竜が戦う世界をよく知っていた。

「……ギガレウス?」

 その生き物の名前が口から自然と漏れる。すると、少年はビクンと反応してこちらを見た。目を丸くしてこちらを見た。その後、我に返ったのか、すぐにスマホを隠す。

「……モンスラ知ってるの?」

 スマホを隠しながらも、少年は恥ずかしそうに顔を伏せながら、そう聞いてきた。歩は、ああ、やっぱり、と心が少し跳ねたような気がした。ただ、顔には出さない。

「モンスラって、モンスタースライサーだよね。昔、ゲームやってたけど」

 そっか……、と少年はスマホを胸に抱きながらそう呟いた。モンスラは、歩が小学生のころに流行っていたゲームだ。プレイヤーが村人から依頼を受け、外の世界にいるモンスターを倒すゲーム。歩は主にそのゲームのノベライズ作品が好きだった。ゲーム自体にはあまり興味が無かったため、その後ゲームの続編が出ているかはあまり把握していなかったが。

 モンスラってまだゲーム出てるの? と歩は少年に聞こうと思ったが、その後は上機嫌でシートに向かい始めた少年を見て、また集中を断つのも申し訳ないと思いそのまま少年を放置した。

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