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波乱の幕開け

 結局、歓迎会はあたしと吉井さんと龍之介の三人になった。まどかさんは仕事でどうしても抜けられないらしい。

「本当にごめんなさいね。三人でしっかり楽しんできてね」

 と申し訳そうに見送ってくれた。

「と、いうことで」

 どん、と目の前に置かれたジョッキを手に満面の笑顔を浮かべた吉井さんが切り出す。

「花ちゃんの歓迎会を始めます。かんぱーい!」

 高々と持ち上げたジョッキをカチンと鳴らして一気飲み。

「好きなものどんどん頼んでいいからね。まどかさんから軍資金をしっかり預かっているから」

 渡されたメニューを見て戸惑っているあたしに吉井さんは笑顔を向ける。

 吉井さんが予約を取った店はいかにもちょっとお高い印象だった。チェーンの居酒屋とは違って照明は控えめだし、インテリアもさりげないけどお洒落でモダン。店員さんの態度も落ち着いていて変に大声出したりしないし、全体的に雰囲気がいい。

 その印象は当たっていて、メニューの単価もびっくりするほどではないにしろ、ちょっと高めでそうホイホイ頼めない気がして迷っているあたしからメニューを取ったのは龍之介。気後れする様子もなく淡々とメニューを読み上げる。

「チーズ盛り合わせにガーリックポテト、シーザーサラダとマルゲリータとチーズオムレツとシャンディガフ」

「あと、タランチュラをロックで」

 ついでにと頼んだチョイスが意外だったのか、龍之介は眉をひそめていたが気にしないことにした。というか、きっと何を頼んだのかわかってないからだろうとは思うけど。

 わかっていないと言えば吉井さんも同じで、運ばれてきた鮮やかなブルーの液体に興味津津の様子だ。

「何頼んだの?」

「テキーラです」

 そう答えたときの吉井さんはものすごく驚いていた。

「実は結構お酒に強いんだね」

 見かけによらないとしきりに感心している。

 でも別にびっくりするほど強いわけではない。慣れない日本酒なんかは一号飲めば酔っ払うし、カクテルも苦手。そんなに種類を飲まないし、こうロックだ水割りだって頼むから強いと思われがちだけど、飲むペースはものすごく遅い。ロックといっても氷が半分以上融けてやっと飲み始めるくらいに。

「そんなことないです。テキーラっていっても、これは結構アルコール低いですから」

 その上甘味が強くてアルコールの苦みもそこまで感じないから飲みやすいのだ。以前知り合いに勧められて飲んでいっぺんでファンになった。でも居酒屋なんかにはあんまり置いていなくてめったに飲めないから、あると嬉しくなってつい頼んでしまう。

 興味をそそられたのか吉井さんもタランチュラを頼んでいた。

「へえー、こんなお酒があるなんて知らなかったなー」

「……あんまり飲みすぎると明日に響きますよ」

 と龍之介が言っても、

「このくらい大丈夫。なんともないさー」

 上機嫌で飲み続ける吉井さんの携帯が突然鳴り出した。怪訝そうに着信を認めて席を立つ。

 とたんに落ちる重苦しい沈黙に押しつぶされそうになりながら、あたしはひたすらグラスを傾ける。龍之介は特に何か話題を提供するでもなく、黙々と食べている。

 グラスがほとんど空になったころになってようやく吉井さんが戻ってきて、

「ごめん!」

 申し訳なさそうな、名残惜しそうな表情を浮かべて両手を合わせるとそう言った。なんでも、見積もりに不備があったとかで急ぎ事務所に戻って修正をかけないといけないらしい。

「せっかく花ちゃんの歓迎会なのにこんなことになって、本当にごめん。先に帰るけど、二人はゆっくりしていってよね」

 吉井さんは、まどかさんから預かったお金を龍之介に渡すとあわてた様子で店を後にした。

 ……えーと。

 こういうときってどうしたらいいんだろう。

 なにか場を持たせる話題でもあれば一番なんだろうけどそんなものないし、かといって黙っているのも気まずいものがある。手持ちぶさたでグラスをいじってみても特に何か目新しいものがあるわけでもなく、龍之介が話題を提供する気配もない。

 考えあぐねていると、向かいの席から嘆息が聞こえた。

「帰りませんか」

 その提案に異論はなかった。問題は一つあったけれど。

 ポツポツと街灯が並ぶ道を龍之介の後ろに続くように歩きながらそっと息を吐いた。

帰る方向が同じせいで必然的に帰り道も一緒になる。あえて別ルートを選ぶのも不自然だし何より遠回りなので数歩距離を置いて歩いているけれど、相変わらず会話はゼロ。向かい合って座って無言よりはまだマシだけど息が詰まることには変わりがない。

 足元を眺めながら早くアパートに着かないかと、そればっかり考えていてあまり前を気にしていなかったから、龍之介が立ち止まったことに気付かなかった。

 ぶつかる寸前で気がついて止まったけれど、一体何だというんだろう。

 見上げても街灯から距離があるせいで龍之介の表情はよく見えない。

「入らないんですか?」

 アパート、と指を指されてもうすぐそこまで帰ってきていることに気付いた。

「帰ります。今日はお疲れ様でした」

 一礼してアパートへ向かおうとして、名前を呼ばれて振り返る。

「あなたに言おうと思っていたことがあるんです」

 嫌な予感がする。

 言おうと思っていたことってあれかしら。お見合いの時のクリーニング代の請求とか、苦情とか請求とか請求とか。

 断固として払わないけど。

「結婚してください」


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