アクマの誘い
神様ってやつが本当に存在するのなら、そいつの所に行って思いっきりひっぱたいてやりたい。
設計デザインの会社って最初に言われたときは、建築のこととか専門的なことをさせられるのかと内心ビビっていた。
「設計事務所って言ってもお願いするのは基本的な事務だから」
社長のまどかさん――そう呼ぶように言われた――が言うように、仕事内容としては前の仕事とあんまり大差なかった。言われたとおりにコピーを取って、銀行行ったり、来客があればお茶出ししたりと、本当に今までと変わらない。
それは別にいいんだけれど、問題は机や本棚のレイアウトを覚えることだ。今も専門書を渡されて棚の前をうろうろしている。
ついさっき龍之介からあたりまえのように渡されたんだけど、なんでこれをあたしがしまわないといけないんだろう。自分で出したんなら自分でしまえばいいじゃない。慣れないあたしよりも、出した本人なら場所だってわかっているだろうし、はるかに効率的じゃない、と言えなかったあたしの意気地なし。
このあたりだろうと持ち上げた本がふいに手の中から消えた。
「これはこっちだよ」
にこやかな声で吉井さんが右手の棚に本をしまってくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
明るく笑って、
「どう、もう慣れたかな?」
「まだ三日目ですよ。全然慣れません」
「そうだよねぇ。でもそんなあなたに朗報が」
ビシッと親指を立てて決める仕草と相まって、なんだかテレビショッピングでも見ている気分だ。
「今夜歓迎会するから、よろしくね」
勢いにのまれて頷きかけて首をひねる。
……今夜?
「聞いていませんけど」
「うん、今決めたから」
今って。それは決めたんじゃなくて単に思いついただけなんじゃなかろうか。
「大丈夫、大丈夫。まどかさんにもがっつり許可取るし、龍くんは事後承諾でいいから」
本当にそれでいいのか。
まだ働き出して三日だけど、まどかさんをはじめ皆ものすごい仕事量だということは分かっているつもりだ。いつも朝は誰かしら先に出勤して仕事をしているし、帰りもそう。あたし一人だけ定時で帰っている。それだけ忙しいのに、あたしの歓迎会なんてしてる場合じゃないと思うんだけど。
「いいからいいから。……本音を言うと、こういうときじゃないと思いっきり飲めないからね」
ちらりとまどかさんの方を見てからあたしにウインクする。
まあなんというか、あたしをダシに飲み会をしたいらしい。別にそんないいダシは出ないんだけど、まあいいか。
「わかりました。じゃあ、楽しみにしてますね」
龍之介も来るだろうということはまあ頭の隅に追いやって、せっかく開いてくれる予定の歓迎会だもの、楽しもうと思った。




