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爆弾発言

「吉井さんはどうして設計士になろうと思ったんですか?」

 おなじみとなったバス停までの送りが今日は珍しく龍之介ではなく吉井さんだったのでぽつぽつと話しながらの帰り道。いつもより少し時間が遅いせいか歩道に人はちらほらと見えるだけで、なんとなくゆっくりとした歩調で歩いていた。

 吉井さんは少し首を傾げて考えたあと、

「うん。僕ね、昔からプラモデルを作るのが好きだったんだ」

「はあ……」

 唐突な話で思わず間の抜けた声を出してしまった。けれど吉井さんは特に気にする様子もなくて、ちょっとだけあたしに笑いかけて続けた。

「でね、建築って自分の考えた建物がそのまま現実になるでしょ。二次元が三次元になるのを見たかったんだ」

 と言うと吉井さんは照れくさそうに笑う。

「奥さんに言うと、子供っぽいって言われるけどね」

「そんなことないです。素敵な理由ですよ」

「そうかな?」

はい、とあたしはことさら大きく頷いて見せた。

「ありがとう」

 そういった吉井さんの声のトーンが突然一段上がった。

「ところで、僕も一つ聞いていいかな?」

「どうぞ」

 とくになにも気に留めず軽い気持ちで先を促すと、吉井さんは少しだけ言いにくそうに口ごもってから、

「いつから龍くんのこと好きだったの?」

 …………。…………。

 たっぷり五秒は思考が停止した、と思う。

 だってなんで吉井さんにばれてるの。絶対に、一番こういうことには鈍そうなのに。それに事務所ではがんばっていつも通りの態度をとってるのに。自覚した初日こそおかしな調子だったのは間違いないけど、でもなるべくいつもどおりに振る舞ったはずなのに。もしかして、千紗が喋ったとか? いやいや、それはあり得ないでしょ。二人の接点がまるでないのにそれは言いがかりだわ。

 そして肯定するべきなのか否定するべきなのか。ここはそんなことないってきっぱり否定しておいた方が明日からの仕事に支障がないのかしら。

 ちら、と吉井さんを盗み見ると、困惑した表情で頭を掻いていた。

 ちょっと待って。

 『いつから』ってことは、もうばれてるってことよね。否定してもあんまり意味がないってこと?

「……なんで知ってるんですか?」

 考えた結果に出た言葉はそれで、上目づかいに吉井さんを見上げる。顔に熱が集中するのがイヤって言うほどわかった。

「なんでっていうか、花ちゃん最近様子がおかしかったから」

「最近っていつからですか」

 火照った頬を両手で冷やしながら口を尖らせる。こういうときに末端冷え性だとありがたいわ。

 吉井さんは視線を彷徨わせたあと、慎重に口を開いた。

「花火大会の後だから、えーと、十日くらい前かな」

 それって、それって、あたしが自覚した時からってことですか。

 鈍そうに見えるのは、単にそう見えるだけで実は結構鋭いんですか。

 ショックのあまりしゃがみ込んでしまったあたしに向かって心配そうに声をかけてくれる吉井さんを見上げておそるおそる確認する。

「……バレバレでした?」

「う、うん。……ちょっとだけ」

 ちょっとだけってどっちですか。そしてバレバレっていうのはどこまで?

 まどかさんや龍之介本人も知ってるってことですか。

「あ、花ちゃん、バスが来たよ。急がないと」

 吉井さんに引きずられてバス停に行き、乗せてもらった後も頭の中はぐるぐるで、バスのアナウンスにも気付かず乗り過ごして駅まで行っていた。

 いやだって。だってこれは動揺するでしょう。

 それになんで今まで皆黙っていたの。ちょっと声かけてくれればいいのに……いや、それは無理か。

 吉井さんだからこそ言ってくれたんであって、まどかさんはきっとこういうことには口を出さないだろうし、龍之介にいたってはそんなこと言おうものなら自意識過剰って指さしてやったに違いない。

 ――うん?

 何かが引っかかった。

『好意と嫌悪は似た感情だってご存知ですか』

 なんだろうと記憶をさらって浮かび上がった言葉は龍之介のもの。あの時は何言っているんだろうと気にしなかったけど、よくよく考えてみたらあの男はあたしの気持ちを知ってたってことだろうか。あたしが自覚するよりも先に。

 そう考えたとたんに胃のあたりがキュウっと締め付けられる痛みを覚えた。

 もし、知ってて今まで知らんふりしてたとしたら、あたし馬鹿みたいじゃない。それともあたしのうろたえる様を見て楽しんでいたとか?

 そうだったら最低だ。

 キュッと口を引きしめる。鞄から携帯を取り出すと千紗にメールを送り、それから乗り場に向かった。



 缶コーヒーを片手に公園のベンチで時間を確認する。夏でよかったわ。これが冬だったら絶対に耐えられないに違いない。

 携帯を閉じて視線を道路に向けるとちょうど龍之介が歩いてくるところで、飲み干した缶を屑かごに投げ入れて立ち上がると大股でそちらに向かう。

「お疲れ様です」

 と言った声が自分でも予想外にうわずっていたけれど気にする余裕はない。

 街灯から少し離れた場所だったため龍之介の表情ははっきり確認できないけれど、わずかに驚いているようだった。その腕を掴んで龍之介の顔を見上げる。

「これから、ちょっと付き合ってください」


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