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予兆

 なんでよりによってあの印象最悪な見合い相手がご近所さんなのか。しかもそのマンションはつい半年ほど前にできたばかりで、そのせいでうちのアパートの日当たりが悪くなるという因縁もある。しかも分譲。ブルジョアめ。



「それって運命ですよ」

 向いに座った後輩の竹本千紗が力を込めて頷いた。

 昼休み。いつもは事務所の休憩室で食事を摂るけれど、週に一回、近くにランチを食べに行くのがなんだか習慣になっている。今日がちょうどその日で、一緒に行った千紗にこの間のお見合いのことを根掘り葉掘り訊かれ、その感想がそれだった。

 それにしてもどうもこの子、小説やら少女マンガやらゲームやらのせいでいろいろと思考が偏っている節がある。特に恋愛に対しては顕著で、やたらと運命とか赤い糸といった単語を使いたがる。

「ただの偶然でしょ」

 きつい言い方にならないよう気をつけながら言っても千紗は聞いちゃいない。

「何言っているんですか、イケメンのお見合い相手が実はご近所さんだなんて、運命以外の何物でもありません!」

 ちょっと待って。

「イケメンだなんてあたし言ったっけ?」

 そんなこと言った記憶がないんだけど。

「いえ。でも先輩、顔がタイプじゃなかったらきっとそう言うだろうなと思って」

 違いました、と小首を傾げて訊かれると、否定がしづらい。

 しかしあの男はタイプ以前の問題だろう。そう言うと、

「大丈夫です、顔がよければ許されます」

 どんな理屈だ。

 日本人口の九割以上を敵に回しそうな台詞をものすごく真面目に言う。そう言えば彼女は面食いだった。それにしたってかなり極論というか、偏った意見だ。

「あ、もちろん顔だけじゃないですよ、でもやっぱり顔は大事です。第一印象はまず外見ですし、中身はその次、初対面で相手の性格まで把握できないですもん」

 あたしが返答できずにいるので、千紗は慌ててそう付け加える。なんだかさっきといっていることが違う気がするのは気のせいかしら。

 顔がよければっていうのは言い過ぎでも、その後の発言なら何となくわかる。確かに第一印象は外見が一番で、あとはその人の発言とかで相手の人となりがぼんやり理解するしかない。外見っていうのは顔の造形やスタイルだけじゃなくて、雰囲気や表情ももちろん入る。異性同性問わず、雰囲気の第一印象が悪い相手とはあまりお近づきになりたくないのも事実だ。たぶん彼女が言いたいのもそういうことだと思う。だからこそ、

「その理屈からするとこれ以上かかわり合いたくない相手だわね」

 たぶんお互いが相手のことを嫌な奴と思っている。

「いやよいやよも好きのうちっていうじゃないですか。きっとこれから恋愛に発展していくんですよ」

 すっかりぬるくなったコーヒーを飲んで妄想を口にする。そうしてまた妄想の世界に入り込んだ表情のまま、デザートのチョコケーキを頬張る。

「始めは反発しながら、次第に気になっていく二人。そして……」

 いったい何を想像しているのか、歓声を上げる。その声が意外と店内に響いて一斉に注目を浴びる。

 反発するもなにも、そもそも接点がほとんどないんだからこれ以上何かが起こるとは思えないんだけど。でもそんなことを言ったところで妄想モードの千紗は聞くわけない。

 と、目が合った。

 すると千紗はキラキラと目を輝かせて、

「素敵です、先輩。完璧!」

 何を想像したんだ、この子は。

「よくわからないけど、ありがとう。で、そろそろ現実に戻ってきてくれると嬉しいんだけど」

 時計を見ればいい時間である。先ほどとは違う悲鳴を上げて千紗はデザートを平らげると、あたしたちはせわしなく店を出た。

「すみません、調子に乗っちゃって」

 ところで、と急にあらたまった表情を浮かべた。

「次の仕事先、もう決まりました?」

 昨今の不況の煽りで派遣切りなるものが多発している。それは他人事ではなく、あたしもつい十日ほど前に契約更新ができないと部長に言われた。あと一月、夏になれば契約が切れる。その後のことはまだ具体的に考えていないけど、なるべく早く職に就けるよう派遣会社に言ってはいるが、まだ返事はない。

「全然。ま、いざとなったらバイトでもして凌ぐつもりではいるけど」

「そうですか……」

「あんまりグダグダ考えててもどうしようもないし。なるようになるわよ」

 仕事もタイミングだ。どんなに頑張って探してもないときはないし、逆にある時はある。そのタイミングさえ逃さなければなんとかなると思う。

「それに、新しい職場でいい出会いもあるかもしれないしね」

 すると千紗は納得した様子で大きく頷いた。

「新しい職場でイケメンと再会、とかあるかもしれませんよ。そしたらもう運命ですよね!」

 そっちか。

 千紗の妄想は事務所に戻るまで止まらなかった。いや、事務所に戻っても暇に飽かして喋り倒す。ちょうどいいことに部長は不在で彼女を止める人間はいなかったおかげで妄想はどんどん膨らんでいくようで、初デートから結婚までの紆余曲折まで延々と続いた。


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