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先達の識見

「信じられないでしょ!」

 と拳をテーブルに叩きつけるとコーヒーカップがソーサーとぶつかって小さく悲鳴を上げた。

 仕事帰り、前の職場に直行して仕事上がりの千紗を拉致でもする勢いで手近なカフェに連れ込んだのがほんの数十分前。注文だけして怒りにまかせてうっ憤をぶちまけた締めの言葉がさっきの台詞だ。

 千紗はといえば、二杯目のアイスティーのレモンをストローで潰しながらわずかに首を傾げると、それこそ信じられない発言をした。

「えーと、つまり、先輩はその人のことが好きなんですね?」

「……はあ?」

 思わず語尾が上がる。

 いったい、この話のどこをどう聞いたらそんな結論になるのか。思わずまじまじと千紗の顔を見てしまった。

「だってそうじゃないですか」

 いや、だってって何よ。

「同僚の一言にそこまで過敏に反応するっていうのは、異性として意識しているからだと思うんです」

 考えてみてくださいよ、と千紗はちょっと身を乗り出した。

「まえ、井藤次長にさんざん同じようなこと言われても、先輩は全然気にしてないっていうか、完全にスルーしてたじゃないですか」

「そうだったっけ?」

「そうですよ。かわいいとかチューしてやるとかいろいろ。覚えてないんですか?」

 言われてみれば、そういうこともあったかもしれない。

「で、でも次長はああいう人だし、あれはセクハラっていうよりも単なる冗談でしょう」

「冗談だとしても、気にする人は気にします」

 上目づかいに睨まれて、ちょっと居心地が悪くて冷めたコーヒーをすする。

「で、結論から言うと、井藤次長のセクハラ発言は聞き流せたのに今回はそれができないっていうのは何かあるんじゃないかと」

 一瞬、動揺して動きを止めてしまった。

 なんでこういうことに鋭いんだ。お見合い相手だったとか、プロポーズされたとか合コンのあとのこととか全く言ってないはずなのに、なんで何もかもばれている気になるんだろう。

「なんにもないわよ?」

 不自然に思われないよう目は逸らさずに首を振る。

 探るような目つきでこちらをじっと見つめる千紗は、

「アヤシイ」

「だからなんにも――」

 ない、と言おうとしたとき、千紗の携帯が鳴った。メールだったらしく、携帯を開いてざっと目を通すと返信を打ち出す。パチンと携帯を閉じると、

「嫌よ嫌よも好きのうちって言葉、知ってます?」

 どくん、と痛みを感じるほど心臓が跳ね上がる。

「好きと嫌いは紙一重、とも言いますよね。たぶんそれだと思うんですよね、先輩も」

「な、何言ってるのよ。そんなわけないじゃない」

「えー、そうかなぁ」

 不満そうに口を尖らせる千紗はなおもぶつぶつと呟いてアイスティーを飲み干すと席を立った。

「すみません、彼氏が待ってるので今日はこれで失礼しますね」

 せめてものお詫びです、と伝票を抜き取る。

「あ、ごめん。いきなり押し掛けて迷惑だったよね」

 予定も何も聞かずにここに連れてきたんだといまさら気付いた。やばい。もしかしなくとも彼氏とデートの邪魔をしちゃったのかしら。

 それを聞いた千紗は歯を見せて笑った。

「約束っていうほどじゃないですから大丈夫ですよ。それに珍しく先輩の恋バナを聞けてよかったです」

「だから恋じゃないって」

「絶対恋です。あたしが保証します!」

 がんばってくださいね、と親指を立てて言うと、千紗は会釈をして店を出て行った。

 


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