ヲトメゴコロ
ころりと寝がえりをうつ。その拍子に瞼に載せていた保冷剤が転げ落ちた。ほのかな明かりを頼りに手探りで保冷剤を探し出し、何度目か知れないため息を吐いた。
眠れない。
今日――というか日付が変わったから昨日になるのかしら――龍之介に告白されました。
いや、別に深い意味はないかもしれないし。好きって言っても、人間としてとか、性格がとか、同僚として、とかいろいろ種類があるうちの一つで、特に気にするほどのことじゃないかもしれないし。
うん、そう。きっとそうだ。
だからもう寝よう。
きつく目を閉じて深呼吸を三回。何も考えないように心がけながら静かに眠りに落ちていく様をイメージし、一分もしないところでいきなり龍之介の顔が浮かんできて落ち着きかけた思考に波紋が広がる。
だめだ、眠れない。
どんなに努力をしても聞いてしまった言葉は脳みそに勝手にインプットされて、あたしの意思とは関係なしに繰り返しこだまする。
なんとかして記憶を消すことができないものかしら。今だったら有り金はたいてでも飛びつくのに。唐突にそんなことを考えつつ、ひんやりとした保冷剤を顔に載せた。
それでも、どんなにがんばったところでなかなか寝付けそうにはなかった。
「グッ、モーニーン……」
勢いよくドアを開けた吉井さんの声が尻すぼみに消えていく。原因は間違いなくこのギスギスした空気だ。
「おはようございます」
と挨拶を返したあたしの方にそそくさと寄ってくると、チラリと事務所の奥に視線を向けてから、
「……なんか、空気が悪いね」
空気が悪いのは間違いなく龍之介のせいだ。どういうわけか、朝出勤してからずっと機嫌が悪い。
とはまさか言えないので苦笑いを浮かべた。
すると吉井さんはちょっと考えるそぶりをし、次いで一つ頷くと、
「わかった。何とかしてみるよ」
何とかできるものなんですか。
首をかしげるあたしに向かって親指を力強く立てると、吉井さんはいつもの調子で龍之介に声をかけた。
「龍くん、おはよう。昨日見たよー、花火でデート」
な、なんですってー!
ガツンと頭をぶたれたような気がした。
見られていたなんて、そんなまさか。いやでも、暗くて顔なんてはっきり見えなかっただろうし。でもそれでも龍之介を認識できるくらいならもしかしたらあたしも見られていたんだろうか。見られてたとしたら、どうしよう。なにかうまい言い訳はないかしら。
そうだ。偶然会ったことにしておけばいいわ。吉井さんが龍之介を見たのも偶然なら、あたしと会ったのも偶然ってことにしておけばきっと大丈夫。言い訳は何とかなる。
振り向いて口を開こうとしたとき、
「相変わらずリカちゃんとラブラブだねぇ」
――へ?
りかちゃん?




