言葉の真意
こんなところでこんなこと、言わなきゃよかった。せめて別れ際とかだったら言い逃げもできたのに、これじゃあ気まずいだけだ。
後悔の念にさいなまれつつ、あたしは龍之介の反応がこわくて足元に落とした視線を上げることができずに唇を噛みしめたまま、じっと息をひそめる。
たっぷり十秒は間をおいて龍之介がため息を吐く。
「そうですか」
たったひとこと。それだけつぶやいて黙り込んだ。
重苦しい沈黙が落ちるなか、あたしはぎゅっと手を握りこむ。
それだけ?
肩すかしをくらったような気分になって、別にドラマのような展開を望んでいたわけじゃないはずなのに、なんでこんなにショックなんだろう。
じわり、とこみあげてくるものを感じて拳に力を込める。
何を期待していたんだろう。
もっと冷たくされると思ったのか、怒り出すと思ったのか、それとももっとほかのことを期待していたのか、それすらわからない。その、わからないことがもどかしくて悔しくて、これからどうしたらいいのかわからなくてよけいに泣きたくなってくる。
いや、だめだ。これ以上この男の前で泣きたくはない。
もうひとこと、なんでもいいから言ってくれれば、きっと気持ちも切り換えることができるだろうに、なんで何も言わないのよ。
奥歯をかみしめて睨みつけてやろうかと上げた視界の端にふいに光が見えた。と思うと同時に手を引っ張られて龍之介の腕の中に収まっていた。交通規制が解けたらしく、車が一台、結構なスピードで通り過ぎるのを音で感じた。遅れて風が追ってきて、ふわりと香水が鼻をくすぐると急に動悸が激しくなる。
なんでこういうことするんだろう。あたしは嫌いだって言ったのに。
動悸とともに息まで苦しくなってきて、突っぱねるようにして龍之介の腕から逃れると早足で歩きだす。
お互い黙り込んだままアパートが見えてきたところで後ろを歩く龍之介が声をかけてきた。
「……なんですか?」
そろそろと振り返る。このパターンはなんだか嫌な予感がする。
見上げた龍之介の表情は眼鏡のせいではっきりとはわからないけど、たぶん無表情なんだろう。
「あなたは俺のことが嫌いだと言われたけど」
じっとこちらを見つめて、低く、つぶやくように言う。
「でも俺は、山田さんのこと好きですよ」
一瞬、息が止まった。
頭が、考えることを拒否してしまったように固まったまま凝視する先で、龍之介はそれじゃあ、とわずかに会釈をしてマンションに向かっていった。




