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墓穴を掘る

 薄暗い帰り道を龍之介と並んで歩く。お互い歩いている間は終始無言。

 この状況があたしの意思ではないことを強く主張する。


「山田さんはバス通勤だったわよね?」

 発端はまどかさんの終業間際のこの一言。

「そうですけど、どうかしました?」

 まさか交通費が全く出ないとか言われるんじゃないだろうかとドキドキしながら答える。契約当初の話では交通費も上限はあるものの支給されるはずだった。

 あたしの危惧に気付いていない様子でまどかさんは一人で頷いて、

「ここからバス停まで鈴木君に送ってもらいなさいな」

 交通費が出ないわけではないらしい。よかった。ちょっとほっとしたところでまどかさんの話の意味を考える。

 誰に、なんですって。

「えっと……」

「昨日この近くで痴漢が出たんですって。回覧で回ってきてね、山田さんも年頃の娘さんだから防犯のためにしばらくは鈴木君に送ってもらおうと思うの」

 言うだけ言って、まどかさんは龍之介に事後承諾をとる。

 ちょっと待ってとあたしは心の中で叫んだ。痴漢が出たから防犯対策っていうのはいいとしても、なんでその相手が龍之介なのか。なんで吉井さんじゃないのか。いや、吉井さんは無理だわ。今が大詰めの時期だから。……って、そうじゃなくて。

「いえ、大丈夫です。あたしこう見えて結構逃げ足速いんですよ」

 だからこれ以上あの男と一緒に行動させないでください。

 けれどまどかさんは決して首を縦に振らない。

「そんなこと言って、もし痴漢に遭ったらどうするの。鈴木君も、切りのいいところで今日は上がりなさい」

 じろりと睨めつけられて何も言えなくなり、結局言われるがままに龍之介と一緒に帰るはめになった。

 仕事中もそうだけど、二人きりって気まずい。会話をすれば少しは紛れるのかもしれないが、今のあたしに気のきいた会話なんて出来そうもない。この間のことがあって以来、まともに龍之介の顔を見ることができないでいるのだから。それにバスに乗っている間なら何とか携帯をのぞいたりして間がもてるけど、降りてしまえば携帯を見ながら歩くなんて芸当ができるわけもない。

 どうしたものかしらと考えながらコンビニに立ち寄るとそこで見知った顔に出くわした。

「先輩、お疲れ様です」

 千紗だ。仕事帰りのはずなのにばっちりメイクと気合いの入った服装は同性ながら尊敬するわ。そういえば彼氏が出来たとか言っていた気がするから、もしかしたらこれからデートだったりするのかもしれない。

「先輩に会えてよかったです。ちょうどメールを送ろうと思ってたんですよ」

「何か用事だった?」

「はい。先輩、来週の日曜って予定入ってます?」

 なんとなく引っかかるものを感じて考えるそぶりを見せると慎重に口を開く。

「来週の日曜って花火大会の日ね。何かあるの?」

「彼氏と彼氏の友だちと一緒にバーベキューをしようって話になってるので、先輩もどうかと思って」

 よかったら先輩も一緒に、という千紗の好意はありがたいんだけど確か千紗の彼氏って合コンにいた人だったはずで、その友だちということはきっとこの間と同じテンションで盛り上がるに違いない。それに合わせるのは昼間っからは厳しいだろう。でもせっかく誘ってくれているのを無下に断るのも申し訳なくて、どうしようかとわずかの間考える。

「この間の合コンにきてた子で先輩のことが気になるって人がいるんですよ。だからぜひ一緒に行きませんか」

「えーと」

 やばい。

 この調子だとちょっと気が乗らないからって理由じゃ断れない。もっとも有効かつ穏便な理由を探さないと。

 ぐるぐると脳みそを回転させながら曖昧に返事をしていたあたしの視界の隅に龍之介が映り、とっさにその腕を掴んだ。

「ちょうどその日花火を見に行く約束してるんだわ。ごめんね、また誘ってよ」

 そこで初めて存在に気付いたような顔で千紗は龍之介を見上げて、一拍のちにしたり顔で頷いた。

「なーんだ、そういうことだったんですね。それなら仕方ないです」

 あっさり引き下がると彼氏が待っているといって駐車場を横切っていった。

 ほっとしたのもつかの間、横からの視線に身を震わせる。

「……すみません」

 なにを言われるかとびくびくしながらとりあえず謝る。返ってきたのは無言と嘆息。

「浴衣、持ってますか?」

 ――浴衣?

「持ってますけど、それがなにか?」

 千紗の誘いとは全く別物の嫌な予感がする。

「それじゃあ、花火大会に着てきてください」

「はあ?」

「約束していたんですよね、花火を見に行く」

 思わず見上げた龍之介はいつぞや見たとびきり恐ろしくて極上の笑顔を浮かべていた。

「山田さんの浴衣姿を楽しみにしていますよ」

 いろいろと、と付け加えたその男の言葉に心底縮みあがった。



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