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一夜明けて

[キス‐マーク]①強くキスをされたあとにできる、あざ。②手紙などにしるした唇の形の口紅の跡。――大辞泉。


 重い頭を必死に回転させて昨夜の記憶をたどってみても、あたしの脳みそからは何も出てこなかった。せいぜい龍之介から電話がかかってきて店を出たあたりまでしか思い出せず、そのあと何があったのか、どんな話をしたのかがさっぱりで、なんでああなったのか全くもって不明だ。

 本当は直接龍之介に聞くのが一番手っ取り早いのはわかっている。でも一応介抱してもらったらしいので、それを疑うのは気が引ける。いや、でも胸元のこれについては何も言わなかったし。本当は何かあったのかも知れないし。いやいや、もしかしたらキスマークって言うのがあたしの勘違いで、あんがい知らないうちにどこかでぶつけたとか――。

 一日中ぐずぐず考えて、結局本人に聞いてみることに落ち着いた。

 はず、なのに。

「おはようございます」

 勢いよく事務所のドアを開けた先に龍之介の姿を見つけて、急に逃げ出したくなった。理性でなんとか踏みとどまると平静を装いつつ、いつものようにロッカーに荷物をしまい、コーヒーを淹れる。

 問題はどのタイミングで切り出すかだ。何かの話題にかこつけて振った方がいいのか、ストレートに聞いてしまうか、どっちが自然なんだろう。

 コーヒー豆の缶をもてあそびながら考えていたら、

「グッ、モーニン、エブリワン!」

 近所迷惑なくらいの吉井さんの声に思わず缶を取り落としそうになった。蓋をしていたから豆がこぼれることはなかったけど、落としていたらきっと中身をぶちまけたにちがいない。

「花ちゃん、おはよう。あれっ、元気ないね?」

「おはようございます。そんなことないですよ、元気です」

 にこやかな彼のテンションと比べれば、世の大半のサラリーマンは元気がないと思う。

 淹れたてのコーヒーをカップに注いで一つを吉井さんに渡し、もうひとつを龍之介の机に置いたところで龍之介と目が合った。

 反射的に顔をそらしてしまってからまずいと思った。こんなの、意識してるって言ってるようなものじゃない。

 でも一度そらしてしまった視線をもう一度合わせることができなかったのはきっとあたしのせいだけじゃない。斜め右から向けられる視線がうすら寒くて、冷や汗が滲み出る気がした。

「ありがとうございます」

「いえ。どういたしまして」

 震えそうになる喉を必死でなだめて声を出す。もう何があったのかなんて聞けない。それよりも、あたしが変だ。龍之介の顔がまともに見れない。

「顔色悪いよ。本当に大丈夫?」

 吉井さんが心配そうに聞いてくる。

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと二日酔い気味で」

 なるべく明るく言って、コーヒーを啜った。

 大丈夫。じゃ、ないかもしれない。

 あたしがおかしい。かもしれない。


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