甘い檸檬にブランデー
琥珀の液を口に流し込んで思案する。
どうやってここから抜け出そうか。
レモンと砂糖のおかげでびっくりするほど飲みやすくなったブランデーが喉を滑り落ちる感覚に、一瞬だけ周りの喧騒から解放される。
千紗の提案で合コンに参加したはいいけど、予想通りの展開だった。
もともとあんまり大騒ぎする方じゃないし、人見知りとまでは行かなくても初対面で会話を弾ませるほどの機転もない。そうすると、自然と人の会話の輪から外れていく。
特別出逢いを求めているわけではなし、まあいいかと食事に集中していると急に話を振られたりするから油断がならない。
さて、どうしようか。
普通に帰ると言えば、楽しそうなほかの人たちに水を差してしまうし、勝手に帰れば食べ逃げになるし、困ったわ。
空になったグラスを弄っていると、ドリンクメニューが差し出された。
「先輩、飲んでますぅ?」
千紗だ。いつもより一割増しの睫毛をしばたたかせて甘えるように言う。化粧だけでなく服装も気合い十分、大胆に開いた胸元からわずかに谷間をのぞかせて、この合コンにかける意気込みを感じさせた。
その千紗からメニューを受け取ると視線を落とす。
正直もう飲めそうにないんだけど。焼酎はダメ、ウイスキーもよろしくない、梅酒も少々控えめに、とあらかじめ千紗に念を押されてたから、仕方なくカクテルを数杯飲んだら慣れないもんだからあっという間に酔った。傍目にはわからないだろうけど、ちょっと眼がちらついてきているからこれ以上は飲まない方がいい。
「あ、これかわいい。どうですか」
と指を差したのはフルーツが盛られたカクテルの写真。
「いやちょっとあたし今は……」
休憩させてという間もなく勝手に頼まれた。
どん、と置かれたグラスの色は透明度の高いブラウン。これでもかというくらいに盛られたフルーツは南国のものばかり。勧められるままに一口飲めば予想通りのトロピカル風味。でも後口からすると、結構アルコールきつそう。
「あ、おいしい。あたしも頼もうっと」
一口飲んだ千紗が嬉々として注文した。
仕方なくカクテルを飲んでいると、携帯が鳴った。着信の名前に見て見ぬふりをしたい衝動に駆られるが、ぐっとこらえて通話ボタンを押すと椅子から立ち上がり比較的静かな化粧室に向かう。
「はい、山田です」
『お疲れ様です、鈴木です』
電話越しの口調は相変わらずそっけない。吉田さんみたいなテンションでも困るけど。
『ちょっと困ったことがありまして』
そう言う口調が全然困ったように思えないんだけど、それは気のせいかしら。
「何かありましたか?」
『見積書が一枚見当たらないんです』
「……え?」
見積書。それがあたしとどう関係があるんだろう。
そんな考えが口に出たわけでもないと思うけど、龍之介は淡々と続ける。
『今日コピーを取ってもらった書類の中にあったはずなんですが、ないんです。明日の朝一で持っていくものなのでないと困るんですよ』
それってもしかしなくてもあたしのせいってこと?
「あたし捨てたりしてないですよ」
『でも無いものはないんです。そして無いと非常に困るんです』
電話越しにとため息を吐かれ、酔った勢いもあって一気に頭に血が上った。
「わかりました。今から事務所に行って探します!」
そう言って返事も聞かずに通話を切ると、テーブルに戻った。
「ごめん、千紗。仕事でトラブルがあって戻らなきゃいけなくなったから帰るわ」
「ええー、なんでですかぁ」
「ごめん。後で払うから、立て替えておいて」
じゃあと鞄を手にふらふらと出口に向かった。




