最悪なお見合い
ラブコメなんて慣れないものを書いてみようと思います。「どこがラブコメ!?」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、これはラブコメ(予定)です。
週一ペースで更新できるよう、頑張ります。
二十六歳。彼氏なし。
というか、恋愛経験ゼロ。悪い?
レンアイって、何?
「あとは若い方同士で」
ホホホとお上品ぶった笑い声を残して薄情な母親は、仲居さんに庭に案内するよう依頼した。
お見合いなんて聞いてない。
目の前を歩くスーツ姿の男性に聞こえないように、あたしはそっと溜息を吐く。
人見知りをするというほどではないけれど、初対面の相手といきなり二人きりにされるとやっぱり気まずい。しかも、合コンみたいな酒が入るものと違って、形ばっかりかしこまっているから余計に話しづらい。
たぶん向こうも同じことを思っているんじゃないだろうか。さっきからずっと黙りこんで歩いているだけだもの。
もう一度溜息を吐いて、あたしは視線を目の前の背中から庭に移した。目を引いたのは、薄紫の房がいくつも垂れ下がった藤棚。新緑にわく庭でそこだけ別世界のようで見とれた、そのとき。
「え?」
いきなり腕を引っ張られた。
一瞬、なんでそうなったのかわからなかったけれど、どうやらよそ見をしていて危うく池に落ちるところだったらしい。池自体はそんなに大きさもないから深さもそんなにないとは思うけど、お見合いの席で池に落ちるなんて笑い物もいいところだ。
ほっとしたところでようやく自分が今どんな格好かに思い至った。
えーと、つまり、腕を引っ張られてバランスを崩した拍子にしがみついていたのだ。お見合い相手に。
「すみません」
あわてて身を離して改めて相手の顔色をうかがう。
お見合い相手の名前は、鈴木龍之介。
第一印象はカッコイイと思った。整った顔立ちっていうのかな、目や鼻といったパーツのバランスがとれている。中性的ではないけれど、綺麗な顔をしている。
ただし、愛想が悪い。いくら気乗りしないからって、普通愛想笑いくらいするものじゃない。それもなくずっと無表情で、こっちが一生懸命話題を振っても「はい」とか「いや」とかばかりでちっとも話が弾まない。いや、あたしもそんなに会話が弾むタイプじゃないけど。
龍之介は無表情のまましげしげとあたしを観察している。
そう、観察しているのだ。眺めているとか見ているじゃなくて観察。正直感じ悪い。
「D……いや、Eか」
はい?
い、いま、今なんて言った。
ボソッと、今確かにボソッと何かを言った。
頭が真っ白になったあたしに追い打ちをかけるように、龍之介は言った。
「ちょっと丸すぎか」
ぷつんとあたしの中で何かが切れた。音じゃなくて、ただ、何かが切れる感覚だったかもしれない。
「丸くて、悪かったわね!」
たぶんそんなことを言ったんだと思う。ほとんど反射的にあたしは龍之介を池に突き落した。
池に落ちる派手な音と水しぶきであたしは我に返った。
と同時に池に背を向けて駆け出した。もう、頭の中は焦りと恥ずかしさと怒りでぐるぐるしていたから、音を聞きつけた母たちが龍之介を見て仲居さんを呼ぶ声も、あたしを呼び止める声も何も耳に入らず、あたしはその勢いのまま料亭を飛び出した。
夜、電話越しで母に怒られたのは言うまでもない。
人生って思うようにはなかなかいかないものだと思う瞬間ってある。
たとえば、コンビニで最後の一個のおにぎりを横からかっさらわれたときとか、一番会いたくない人に最悪なタイミングで会ったりとか。
なんでここにいるかなぁ、この男。というのが真っ先に浮かんだ言葉だった。
さすがに向こうも気づいたらしい。龍之介はあたしを見て、
「山田、花子、さん」
「花です。子はつきません」
一発殴ってやろうか、コンチクショウ。
たぶんすごい顔で睨みつけていたんだろう、龍之介は意外にも素直に頭を下げた。――と思ったら、カゴの中身を覗いただけだった。
「すーげぇ量」
龍之介のあきれたような声が、少しずつあたしの神経を逆なでする。
あたしの買い物カゴには、焼酎、梅酒、ワインが合わせて4本。いつもは酒屋で買うんだけど、今夜は仕事で遅くなって閉店時間に間に合わなかったのだ。じゃなきゃ誰が割高のコンビニで酒買うもんですか。
あたしは龍之介を無視してレジに向かう。この男に付き合っても気分悪くなるだけで何の得もないのだから。
レジに向かうあたしの背後で龍之介が咳をした。
「こんな時期に風邪なんて、不摂生なんじゃないですか」
つい口が滑った。
すると冷ややかな口調で、
「先日誰かさんに池に突き落とされたもので」
しまった。墓穴を掘ったか。池に突き落としたのはほかでもないあたしだ。ちょっと嫌味を言ったつもりだったのに、とんだヤブ蛇だわ。
何かを期待するような沈黙が降ってくる。背を向けているため彼が表情を浮かべているのかはわからない。というか、背後からのものすごいプレッシャーがかかっているので怖くて振り向けない。
お前が悪いんだからさっさと謝れという無言の圧力があたしの頭にのしかかってくる。
確かに悪いとは思っている。けど、謝りたくない。デリカシーのない発言をしたのはやつのほうだし、そのことについては何も言ってこないのにあたしが謝るのはなんだか理不尽な気がしてならない。理不尽だからとこのまま無視するのも一つの手だけれど、あたしは文句の一つ言いたいところをぐっと我慢して振り返った。
「その節は、とんだご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
頭は下げなかった。代わりにぐっと顎を突き出すようにして睨みつける。
龍之介はわずかに目を瞠るとすぐに意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ええまあ、クリーニング代に帰りのタクシー代、治療費その他もろもろと」
「ぐ……。も、もとはと言えば、そっちが失礼なことを言ったからでしょう」
「失礼なこと?」
失礼だと思っていないのか、それとも失言そのものに気づいていないのか、本気で考え込む。もしかしたらあたしに聞こえていないと思っているだけかもしれない。もしくはあれが地……。
やめよう。
こんなことを考えていても仕方がない。時間も思考のためのエネルギーももったいない。今日は朝まで飲み明かすのだ。そのためにこうやって買い物に来ているんだから、さっさと清算を済ませて帰ろう。
全く同じ道を歩く人間がいてもそうおかしいことじゃない。たまたま同じ時間帯にコンビニで買い物した誰かが偶然同じ方向に変える途中でもそれって珍しいことじゃない。
珍しいことじゃない、けど、それは相手にもよると思う。
たとえばそれが印象最悪なお見合い相手だった場合、妙な勘ぐりをしてしまう。後をつけられてるんじゃないかとかそんな。
「なんでついてくるんですか」とよっぽど聞きたいけれど、自意識過剰と思われても嫌だから単純に同じ方向なんだと思いたい。特にこの先は結構アパートやマンションが多いし、大丈夫。でもじゃあなんで同じ歩調で後ろを歩いているのか、という疑問が出てくるが、単に前の人を追い抜くことが嫌いなだけかもしれないし、気にするな。気にしちゃダメだ。
アパートの前まできても龍之介は相変わらず後ろにいるようで、さすがに気になって振り返った。が、彼はあたしの横を抜けてさっさと歩いて――。
待って。ちょっと待って。
龍之介が曲がったところは小高いマンションの入り口。
あたしの住むアパートのすぐ隣だった。
……お隣さんってこと?




