7.「女装すんぞ」「嫌だぁぁあ!」
「あのさ、シアノ。聞きたいんだけど」
「何だよ?」
「最初の目的地は決まってるのかな?」
まだ目的地を伝えていなかった俺は、アランの質問に答える。
「ああ、それなんだけど、ルアージュに行こうと思ってる」
「ルアージュか、隣だしいいね」
「でも、どうやって行くのよ?」
「神力使うんだよ」
神界には、神力というものがある。人間で言うとマホウとかマジュツってやつだ。瞬間移動する能力を持っていたり、戦闘能力を発揮する為のものだったりと神人それぞれ得意なものと苦手なものがある。
アランの神力は勿論、戦闘能力に利用されるものが得意だ。まあ、その他も神力が強いから苦手なもの基本的にはない。オバーン家はサンカ王国、いや、神界最強の戦闘種族と言われている。戦闘種族は各家でそれぞれ長けている能力が異なる。聴力が長けている種族、視力が長けている種族。はたまた気配に敏感な種族、等々。それぞれ五感に関する一つの能力が普通の神人より長けているのが戦闘種族の特徴だ。神人よりも遥かに神力が強い。しかもオバーン家だけは五感全てが神人より、そして他の戦闘種族より長けているのだ。今現在オバーン家はアランただ一人しか居ない。この理由はまた追々説明するとして。
つまり、何が言いたいかというと、アランの神力に頼りすぎる可能性がある。そうすると、俺が神力の練習できねぇ。それは皇子として非常にまずい。あと、アランが力を使いすぎて神力欠乏症を起こしかねない。そして、セリーネはあんまり得意ではないらしく、簡単なものしか使えない。俺はそこそこ得意だが流石に最初は不安だと感じた俺は、幼なじみの方を向いてお願いしようと口を開いた。
「ってことで、アラ……げふっ!?」
が、言い終わる前に背中に衝撃が来て俺は倒れた。そんな俺を見下しながらアラン……いや、クロウが口を開いた。
【……お前のが移動系の神力、得意だろうが。早くしろよ】
「や、やっぱ俺ですよね……」
【当たりめぇだボケ。俺様にやらせようなんて100年早ぇんだよ】
誰も貴方に頼んでないっすけど!? 俺が頼んだのアラン……ってちょ、痛い! 主にもうちょっと優しくして下さい! げしげし蹴らないで! そのうちマジで泣くぞ! とは言わせてもらえず俺はクロウに苛められていた。俺の思っていたことがクロウに分かったのか、彼は不敵に笑った。
【泣かせたろか? あ?】
「遠慮致します…………」
【つまんねぇな……まあいい、お前が転移やるんなら文句はねぇよ】
「ヤ、ヤリマース……」
それを聞いて満足したのか、クロウは引っ込んでアランに戻った。
「……はっ! すみません、姫様! 見苦しいところをお見せしてしまい…………しかし、主にこんなことをするのは僕の不本意であって、クロウが犯人なんです……っ」
【俺様は好きにやってるだけだ】
「だ、大丈夫よ、分かってるから。それに、最初は驚いたけれど、今はちゃんと2人は別なんだって実感してるから」
なんて順応能力なんだ、こいつ。
俺は心の中でセリーネに感心してしまった。セリーネの順応性にクロウも感心したのかまた出てきた。
【へぇ、姫さん、凄えな。俺様にこんな早く慣れるたぁ、強者だな】
「あ、ありがとう?」
「コラ! クロウ! また姫様に無礼な態度取って!! いい加減怒るよ!!」
【既に怒ってんだろうが。ま、口喧嘩でお前が俺様に勝てた試しがねぇが?】
「うっ……。でも姫様に無礼な態度は許さないよ!」
まーたやってる、一人二役。ま、見てるこっちは面白いし飽きねぇけどよ。
一人二役に俺が落ち着くように言う。
「はいはい、お前らそこまでな。それじゃ、ルアージュに向かいますかね。セリーネ、アラン。俺の体のどっか触っとけよー」
「はーい」
「う、うん」
アランはいつも通り俺の肩に手を置いて、スタンバイする。移動系はその術を唱える人のどこかに触れていないと一緒に移動できないのだ。セリーネは移動系の神力術を体験するのは初めてなのか、少し震えた手で俺の腕にしがみ付いてきた。
こいつ、普段は生意気女だけど、こういう時は可愛いのな。……って、俺は何でちょっとキュンとしてるんだよ。馬鹿か。
そう考えてしまった頭を振って、術に集中する。
「《我は空間を超える者なり。我に従いて火神の国へと導け》テレメタフォラ!!」
そうして俺達はルアージュに瞬間移動したのだった。
ルアージュは火神様が統べる国だ。サンカ王国とはお隣さんだ。といっても、国境はサンカ王国の王宮から数100キロ先なので、移動は大変だ。
ヘファイストスのアウシュヴァイン=メルシェ様は短気で、彼の怒りに触れると建物が1つ消えるらしい。また、犯罪の処罰決定権を持っており、とても公正な方で、犯罪者はその罪に対して相応の処罰を受けるという。彼には娘が1人と息子が1人いる。その娘が神界の中でトップクラスの美人と評判で、結婚の口説き文句が絶えないと聞く。彼女は全く見向きもしないらしいが。
というのがルアージュ王家の情報だ。
次にルアージュの現状だ。
最近ルアージュである問題が発生している。それは都市における治安問題だ。元々治安が良い訳ではないが、各地で、特に都のファイテンでの治安が悪化している、という情報を手に入れた。
俺達が調べるとしたらこの辺りの事だろう。取り敢えず今日は都の調査だ。
ルアージュに入った俺達は早速都の一番王宮に近い所の宿をとった。男子は男子で、女子は女子で一部屋ずつとり、荷物を置いて俺とアランの部屋で作戦会議をする事になった。
セリーネが入ってくるのを待っている間、俺は今日の調査準備を進める。アランは自分の荷解きが終わって俺の方に目をやると途端に冷めた目になった。
「……シアノ、何で女物の服出してるの?」
「今日使うから」
「何の為に!?」
俺が答えようとしたら扉がノックされた。アランが出るとセリーネだった。入ってきたセリーネも俺のベッドの上に出ている服を見て完全に引いている。
「……シアノ、貴方、女装趣味でもあるの?」
「断じてねぇよ! 説明すっから、ちょっと待ってろ!」
一通り準備を終えて完全に引いている彼らに俺は物ともせずに告げた。
「今からファイテンで潜入調査をしようと思う」
「「潜入調査…?」」
ハモる二人に俺は頷いた。
「ああ。俺達は一般人じゃねぇからな、王族がそう簡単に街に居たら大騒ぎだろうが。現にこの宿をとった時に偽名使えって言ってそうしたろ?」
うんうんと二人は揃って頷く。俺はそれを確認しながら続ける。
「で、今日はもう夕方だから明日王宮に謁見するってヘファイストス様に連絡が入っているはずだ。そこで、謁見の前にある程度の情報を集めておきてぇんだ。そこで、キャバクラに潜入したい」
「「……はぁああああ!?」」
そして、これまた揃って叫んだ。
こいつらさっきから息ぴったりすぎて笑えるんだけど。あと、反応似てんな。
そう思っているが、表情には出さない俺は二人の叫び声に耳が痛くなるのを防ぐ為に両耳を手で塞いだ。二人は必死に抗議する。
「どういう事だよ!? キャバクラなんて、その……破廉恥だよ破廉恥!! しかも姫様まで巻き込むのは駄目だろ!?」
「アランの言う通りよ!! 私はここに残るわよ絶対。アンタの勝手な調査に私がそんな汚らわしい店に行くのなんか御免よ!!」
「言うと思ったよ。別にセリーネは強制じゃねぇ。アランと俺で行ってくれば問題ない」
「僕は強制参加なの!? そもそも何でキャバクラなんだよ? 別に拘る必要全くないだろ?」
それは違うとアランに返答する。
キャバクラでなくても若くてその、なんていうか、こう、女が水商売をするような店ならいいのだ。そう説明するとセリーネが軽蔑した目を向けた。
「シアノ、欲求不満なの?」
「もう一回その類の事言ってみろ。殺すぞ」
俺がガチトーンでそう言うとセリーネは押し黙った。それを見て俺は説明の続きを溜め息混じりに話す。
「…………俺だって行きたくねぇよ。けどな、そういう店に大概大臣とか不真面目な騎士団長とかがうじゃうじゃ居るんだよ。その上あいつら酒飲んでベロベロになってる奴が多くてな。まあ、要らん事までペラペラ喋ってくれちゃう訳。情報たんまり集められる訳だ」
「途中からただの悪人顔で語ってたよ…………。その、キャバクラが情報収集に適してるのは分かった。で、どうやって潜入するの? いつも潜入はシアノがやってたから、僕、よくわからないんだけど。客としてだとあまり意味がないんじゃない?」
「そこでコレだよ」
そう言いながらアランにある物を見せた。セリーネも話は聞いているのでそれをアランと一緒に見た。そして、二人同時にうわっ、という顔をした。
「……シアノ、まさかこれを着ろって言うんじゃないよね?」
「着るに決まってんじゃん。馬鹿なの?」
「いやいやいや……っ!! だって女装って事じゃないか!!」
「うん。女装すんぞ」
「嫌だぁああ!」
そう、俺が彼らに見せた物。それは先程俺がせこせこと出していた女物の服だ。勿論カツラも用意済みだ。俺ってば用意周到。
つか、アランが超五月蝿い。嫌だ嫌だコールが半端じゃない。
「女装しなきゃ詳しい話聞けねぇんだよ。頼むよ……。クロウはどう思う?」
そう言うとクロウが出てきた。
【俺様はアランがやるならやってもいいぜ。基本潜入はシアノがやってたけど、今回は人手が多い方が良さそうだしな】
「恐ろしい事言わないでくれるかな!?」
【お前はシアノ大好きっ子だから結局最後にはやるから。俺様が保証する】
「うっ…………………………」
あっ、否定しねぇんだ……。クロウの勝ちだな。
と思っていたのだが、アランはそれでも抵抗しようとしているようで、しばらくうんうんと考えている。それに痺れを切らしたのか、クロウが再び出てきた。その顔にはにやりと、からかうような笑みがあった。
【あー、悪い。シアノより大事な人いたなー。もう、すっかり恋人だもんなー、レイ…………】
「バカ!! 言うなぁ!」
……あー、なるほど。そういうことか。察し。
レイシアと何があったのか根掘り葉掘り聞いてやろうと思っていたが、今ので答えが分かってしまった。ま、経緯だけあとで聞くかな。
アランのことをそんなに知らないセリーネは普通にその言葉通り、取って口を開いた。
「アラン、恋人いたのね。まあ、どっかの誰かさんよりはカッコよくて紳士的だものね」
「……おい、お前、喧嘩売ってんのか?」
「あら、何のことかしら?」
この野郎、遠回しに俺を貶しやがった。まあ、俺は寛大だから、怒らねぇし、許してやるけど?
なんて、少しいらついている俺に誰も気に留めず、話が進む。
「……っ……わかった! 分かりました!! やる!! 女装してやる!」
「……おう。サンキュ、アラン。で、セリーネは留守番な。護衛が居ねぇが、部屋に籠ってりゃ大丈夫だと思うから」
「ちょっと待ちなさいよ!! 私一人ここに残るの!? 心配じゃないの!?」
ホント、五月蝿い女だな。心配は心配だけど来ないなら仕方ないだろうが。そのまま彼女に告げるとほんのり涙を目に浮かべてキッと俺を睨み付けた。な、なんだよ?
「なら、私も行くわ!! 1人で残るより情報収集に行く方がマシよ!!」
流石にそんな事を言うとは思わなくて俺は目を丸くしてしまう。アランも、
「ひ、姫様!? キャバクラですよ!? 危険すぎます!」
と必死にセリーネを思い留まらせようと試みる。だが、セリーネは考えを変える気は無いらしい。アランはそっちのけで俺を見てくる。
「連れてってくれるわよね?」という無言の圧力をかけられているのだが。可愛い顔がもう台無しだよ。あっ、いや別に好きとか全く無くて、普通に居たら可愛い部類に入る顔立ちってだけだ。うん、誰への言い訳をしてるんだ、俺は。俺結構内心焦ってるっぽいな。
あまりに彼女の視線に耐えられなくなり、俺は目を逸らした。
「分かったから。でもなんかあっても直ぐに助けらんねぇかもしれねぇが、それでもいいか?」
「覚悟の上よ」
じゃあ、早速作戦開始といきますか。