表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秘密情報屋『シアンドール』  作者: 煌烙
炎神(ヘファイストス)と呪われた剣
7/11

6.宴も出発前も苦労しかねぇな

 サンカ王国の都・アリアノにある王宮で俺達の旅を送り出す為の家族だけの宴会が催された。沢山の料理と酒が出され、皆楽しんでいる。

 しかし、俺はちっとも楽しんでいない。いや、楽しめないと言うのが正しいだろう。何故なら……。


「……何で貴女がここに居るんですかね、セリーネ姫」

「それはこっちの台詞よ。何で私が好きで貴方とここに居なきゃいけないのよ?」


 そう、今日は俺を送り出す為の宴会の筈。

 なのに、俺は宴会の中心の場である大広間が見える二階の一角に追いやられ、そこに既にムカつく俺の許婚であるこの女が居た。


 この女が参加することは聞いてたが、この女と2人の空間になるなんて聞いてねぇぞ。……ったく、しかもコイツは敬語使う気無いんかね。呆れるわ。俺でもこのオヒメサマに敬語使ってるじゃねぇか。まあ、いいか。とりあえずなんか話すか。敬語は……もういいだろ、なしで。


「はぁ……、あんたは覚えてんの? 小さい頃のこと」

「……言われてから考えたけど、遊んだことだけは思い出したわよ」

「ああ、そう……」

「貴方は?」

「これっぽっちも思い出せねぇよ」

「そう」


 はーい、会話終了ー。てか、思い出してんのか、この女。……んー、俺は……。銀髪くらいしか……ってやっぱりこいつなのか?


 とか考えていると声をかけられた。


「あ、あの……」

「ん? 何?」

「その……一昨日は、ありがとう」


 ん? 一昨日? ……誕生日の日だよな? ……実は二日酔いであんまよく覚えてないんだよなー。と考えているとセリーネ姫は少し怒った口調で言う。


「お、お酒よ! 代わりに飲んでくれたやつよ!」

「…………ああ、あれか。別に気にすんなよ、たまたま気付いただけだし」


 それに、あれはヴァルゼン様から耳打ちされてたからだというのは、黙っておこう。

 話が終わってすぐ、俺が料理を持ってくるように頼んだアランがノックして入室した。ただ、その部屋に姫がいるとも知らない彼はいつもの口調で話してしまう。


「失礼致します。シアノ、料理を持ってきた……失礼致しました! 殿下、料理をお持ちしました。セリーネ姫様もよろしければどうぞ」

「……貴方、あるじに敬語を使わないなんて側近として礼儀がなってないんじゃないかしら?」


 おい、お前何言ってんの? 気遣っているアランに何言ってんの? 馬鹿なの? まあ、俺だったらクロウが出てくるところだが、よかったな、人前にあいつは無闇に出てきたりし……。


【……あ? それはアンタの方だろ? なぁ、姫さん。それとも何? 俺様に縛られたいが為にそういう事わざと言ってるってか?】


 で、出てきたりしちゃったぁあああああ!?


 瞳が金色に変わったアランがセリーネ姫に近づき、彼女の顎をぐいっと上げて目を合わせさせたのだ。俺は慌ててクロウに落ち着くように言う。


「く、クロウ! オヒメサマに何してんだよ!? 落ち着けって!!」

【俺様は十分落ち着いてるぜ? 前からあの態度にむかついてたんだ、一回言っとくべきだろうが】

「いや、言わんでいい!! 言わんでいいから、離してやって!! 完全に固まってんじゃん!!」


 身分を気にするこのオヒメサマは戦闘種族で側近の男にこんな偉そうな口調で罵られるとは思ってなかったのだろう、青ざめた顔で固まっていた。クロウは漸くセリーネ姫の様子に気付き、ニヤリと笑った。


【あれぇ? 姫さん、さっきまでの威勢はどうしたよ? あ?】


 更に挑発ぅううううう!?


 初めましての人にクロウがこんなに不機嫌で俺に対するのと同じくらいのドSを発揮するなんて珍しい。ありゃ、相当キレてんな…。

 クロウにセリーネ姫を離れさせて、俺はクロウに聞こえないように彼女の耳元で囁く。口調はこの際どうだっていい。


「おい、お前、アイツに謝れ」

「はあ!? なん………むっ!?」


 大声を出したセリーネ姫の口を直ぐさま右手で塞いで、続けて言った。


「声デカい馬鹿。聞こえないように言ってんだからよ。謝りたくないのは分かる。けどな、謝んなきゃガチで縛られる。ずっと一緒に居たんだ。アイツは、クロウはやるっつったらやる。縛られるのは嫌だろ?」


 そう言うとセリーネ姫はこくこくと縦に首を振った。謝る決心がついたのか、彼女は俺の手を外して立ち上がり、クロウに敬語で話しかける。


「あの、クロウ様? 先程の御無礼をお許し下さい。申し訳ありませんでした」

「様付けすんな」

「え、あ、クロウ……でいいでしょうか?」

【ふんっ、分かりゃいいんだよ。シアノはそんなに気にしてねぇしな、主に免じて許してやる。次はねぇぞ、姫さん】

「…………はっ!! 姫様、申し訳御座いません!! 私の方がよっぽど御無礼を働いたというのに。お許し下さいませ!!」

「え゛………………?」


 急にアランに戻るものだから見慣れてる俺は平気だが、セリーネ姫はかなり驚き、何がなんだか分からなくなってしまって目を丸くしている。アランも相当焦っていて気づいていないようなので俺は溜め息をつきながら言う。


「……あのさ、アラン。気づいてねぇみてぇだけどバレてんぞ、クロウの事」

「…へっ? …………ああ!? ひ、ひひひひ姫様!! どうかどうか!! クロウの事を他言しないで下さいませ!!」

「えっ!? …べ、別人って事かしら? えっ? えっ?」


 ……やべぇ、超面白ぇ。当の本人方は全然面白くもなんともないだろうが、見ている俺は笑いが止まらない。必死に笑い声は殺すが、肩は震えてしまう。


 慌てるオヒメサマと側近。何、この図……。


 クロウだったら絶対一発殴られるが、出てきて殴らないという事は、どうやらアイツも面白がっているらしい。俺は笑いを堪えて、慌てふためく側近とオヒメサマに落ち着くよう促し、セリーネ姫に事実を話す。それでもやはり驚きは隠せなくてオヒメサマはやっとの事で出した言葉は、


「…つ、つまり、アランの中にクロウがいて、それは他言しなければいい、のね?」


 と随分ざっくりとまとめた。


「まぁ、そういう事。あと、これは関係ねぇんだけどさ。許婚の件なんだけど」


 俺が許婚の話を出した瞬間、セリーネ姫は少し硬い表情を見せた。俺は姫に直ぐに弁解する。


「あー、んな顔すんなよ。結婚したくねぇのはお互い様だ。でも、旅を共にする上でこれが付いて回るだろ。なら……」


 と俺は一度言葉を切って、一呼吸置いて告げた。これは旅に出る事が決まってから考えて決めていた事だ。


「旅を終えて、全て解決したら婚約解消。それでいいか?」


 セリーネ姫は一度きょとんとしたが、俯いてぼそっと言った。


「……いいわよ」

「そうか? 何か嫌なら……」

「別に嫌じゃないわよ!」

「そうか。じゃあ、とりあえずそういうことで」


 と話して許婚の件は解決した、と思っていた。


「…………何で、思い出してないのよ……」


 そう、ぼそっと誰にも聞こえないような小さな声でセリーネが呟いたのも知らずに。



 *



 翌日。


「…………何でこんなに集まってんだ?」


 俺の旅当日に外に出て言った一言がまずこれだった。静かに出たいと思っていたのに、何でこうなった。俺の一言に呆れた声でレイシアが言う。


「お父様が私達を呼んだのよ。アンタの為に来たくて来る訳ないでしょう。私だって忙しいんだから。進んで来たの、クルシウス兄様とミカビくらいのものよ」


 親バカだよな、ジジイも。そんでもってあのブラコン兄貴。ノリノリで来るんじゃねぇよ、気持ちわりぃ。ったく、宴も出発前も苦労しかねぇな。


 物凄く嫌そうな顔をしていると、優しげな透明感のある声が俺に話しかけた。


「シアノ、そんな顔しないの。あの人を悪く思わないで頂戴ね」

「母さん……」


 大嫌いな父親に対して、俺はこの母・ヘレナの事を大切に思っている。親父には死んで欲しいとまで思う俺が、母の言葉でその気持ちが落ち着く。

 母さんのストップがなかったら今頃、親父の所に行って首を絞めてやろうとか思ってたんだけど、セーフだったわ。あっ、でもクルシウスの首は絞めとこう。首の骨が粉々になるまで絞めとこう。そんな悪い事を考えている事は母にはお見通しで、母は俺の頭に手刀を軽く落とした。


「こーら、また物騒な事考えてるでしょう。駄目よ、クルシウスを殴ったり蹴ったりしちゃ。あの子のシアノ好きは困ったものだけど、貴方のクルシウス嫌いも相当よ」

「いてっ……そりゃどうも。褒め言葉をありがとう、母さん」

「褒めてないわよー、一言も」


 可愛らしい笑顔で母は俺に言う。ところで、と母が真面目な顔になって告げる。


「後ろに居るのがセリーネさんかしら?」

「はい? 後ろ?」


 全く自覚のなかった俺は母の言葉にハテナを浮かべ、振り返る。と、そこには。


「えっ!? セリーネ!? いつの間に!?」


 セリーネが立っていたのだ。驚く俺にセリーネは不機嫌な顔をする。


「何よ? 居ちゃ悪い? 貴方のお母様に挨拶をと思っただけよ。悪い?」

「……いや、全然悪くねぇけど。何でそんな怒ってんだよ」

「シアノがあからさまに『うげっ』って顔するからでしょう!! 私だって貴方の後ろに居たくて居る訳じゃないのよ!!」

「あ!? 小せえ事で怒んなよ! 面倒くせえ女だな、お前は!!」

「何よ、女みたいな貴方よりよっぽどいいわよ!!」

「誰が女だ、誰が!! 本当可愛げねぇな、お前!!」

「あの子達、仲良くやれそうね、レイシア」

「お母様がそう思うならそうなんじゃない」


 俺達の喧嘩を眺めて笑っている母上が、呆れた顔をしたレイシアとこんな話をしている事を俺とセリーネが知る筈もなかった。


 直ぐに出発の予定だったのだが、全く出発できない。アランはレイシアと話し込んでいるし、セリーネはヴァルゼン様になんか色々言われているし、俺はクルシウスに抱き着かれてるし……。


「…………って俺だけおかしい!! 離せ、馬鹿兄貴!! キモい!!」

「シアノがぁあ!! 俺のシアノが城から居なくなるとか嫌だぁあ!!」

「誰がお前のだ! 俺は俺のもんだ!! 離れろコラァ!!」


 クルシウスの顔に両手を当てて精一杯の力を込めて引き剥がそうと奮闘する。

 くっそ、なんて馬鹿力!! 男に抱き着かれても全然嬉しくない!! クルシウスの馬鹿よりミカビのがいい!! 俺がそう思っている丁度その時。


「クルシウス兄様、代わって下さいませ。私もシアノ兄様をお見送りしたいのです」

「ミカビ!! 助けてくれ!! 引き剥がすの手伝ってくれ!!」

「シアノ兄様がそう言うのなら。クルシウス兄様、シアノ兄様を放しましょうか。でないと…………」


 顔が一気に怖くなった。ミカビは可愛らしい8歳の少女だが、こういう時、迂闊うかつに彼女に逆らわない方がいい事を俺達兄弟は知っている。

 ミカビは普段は本当にいい子だ。だが、顔が怖くなる時、彼女は8歳とは思えない程の力で相手を血が飛び散る程ボコボ………。んんっ!! …………真っ赤なお花畑を作ってしまうのだ。それを知っているから、クルシウスも怖れてぱっと俺を放してさっと逃げた。あれを誰よりも知っているの、クルシウスだもんな……。俺はよく見てたんだけど。あれは相当なものだ。

 さてと、解放されたところで。


「ミカビ、来い」

「シアノ兄様!!」


 俺が呼ぶと、ミカビは天使の笑顔で俺に抱き着いてきた。ああ、超いい匂い。すると、ミカビが震えてるのが伝わってきた。


「ミカビ? 泣いてるのか?」

「ううっ……。だってぇ…大好きなシアノ兄様がこれから居ないなんて悲しくて……ふぇーん……」


 彼女の背中をポンポンと叩いて、俺は彼女に言う。


「ミカビ、週一回手紙出すから。それで元気出せ。帰ってきたら、いっぱい遊ぼ、な?」


 泣きじゃくるミカビは声を出せなくなくて代わりに首を縦に激しく振った。俺は「よし、いい子だ」とミカビの頭を撫でる。彼女は少し落ち着いた後、大粒の涙を目に浮かべて笑顔を見せた。すると、少し離れた所からアランが俺を呼ぶ。


「シアノ殿下! そろそろ行く時間でございます!」


 お前はさっきまでレイシアと顔真っ赤にして楽しそうに話してたじゃねぇか、俺がクルシウスに抱き着かれてる間によ。昨日聞き損ねたことを全部洗いざらい吐かせてやる! まあいいや、俺はちゃんとミカビに癒されたし。俺はアランに返事をする。


「分かった!! 今行く!! ……じゃあ、ミカビ行ってくるな」

「はい、行ってらっしゃいませ、シアノ兄様」


 俺はミカビから離れてアランの居る方へ行った。セリーネも既に居て、不機嫌になっている。ったく、コイツ直ぐ不機嫌になるな。そうして別れの挨拶が一通り済んだ。最後に父が俺達に挨拶をする。


「シアノ、頼んだぞ。お前を頼りにしている。アラン、シアノをしっかり守れ。セリーネちゃん、結婚は一度忘れてシアノに協力してやってくれ。三人とも、行って来い」

「「「はい!!」」」


 親父の言葉に3人で元気に返事をして送り出されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ