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秘密情報屋『シアンドール』  作者: 煌烙
炎神(ヘファイストス)と呪われた剣
6/11

5.今世こそ君を

「……ぁんの、クソ親父ジジイ!!最悪な許嫁のこと言いふらしやがってー!!アラン!酒持ってこい!」

「持ってこないよ、もうベロベロじゃん……」

「うるへー、まだ、いける!……ひっく」

「さっきまで寝てて、僕に肩貸してもらわないと歩けないくらいなのによく言うよ……」


 成人の儀を終えて、僕、アラン・オバーンは酔っ払って歩けなくなった主人を部屋まで連れて行っていた。はぁ、初めての酒をあんだけ飲めば酔うの当たり前だよ……。


【……ったく、俺様たちの主は世話が焼けんなー】


 頭の中で直接響いて聞こえてくるのはクロウ・オバーンの声だ。彼は僕の前世で、そんな人が生まれた時から自分と体を共有しているので、僕には前世の記憶がある。それに加えて、彼と僕は直接話すことができる。ただ、声に出すと変な人に思われるし、心の声で話しても通じるので、声を出さずに会話できる。クロウの言葉に僕は心の中で返した。


(はは、そうだね)

【ま、俺がざるだったから、アランもざるだし。こいつ、現世でも飲み過ぎるとタチ悪いのな。笑える】


 クロウは呆れながらも懐かしむように笑った。シアノは前世でも僕の親友だった。女の子みたいに可愛い顔をしていて、お酒を飲むとベロベロでも飲もうとして、怖がられる存在の僕を怖がらない。そして、もう1人、僕を怖がらない人がいる。


 ふぅ、とりあえず部屋まで運べたー。帰ろう。

 そう思ってシアノの部屋を出た時。


「アラン?」


「……レイシア、様」


 僕を恐れない人。

 僕の好きな人。

 そして、前世でクロウの恋人だった人。


「シアノの部屋の前で何してるの?」

「ああ、実は、成人の儀で飲んだお酒で殿下が酔っ払って歩けなくなってしまったので、僕が運んできたんですよ」

「あら、やっぱり酔い潰れたのね。ふふっ、なんかそんな気がしたわ」

「そうなんですよ。なのにまだ飲むとか言って……大変でした」

「……何で私には敬語なのよ。敬語じゃなくていいって言ってるじゃない。幼なじみでしょう?」


 昔から、いや、クロウの時代からオバーンの名はそれだけで「恐ろしい」「怖い」「野蛮」と思われてきたのだ。今は、宮殿内に僕のことを恐れる人は減ったのだけれど、中には野蛮人と言って馬鹿にしてくる人もいる。


 そう思われてる僕は本当はシアノやレイシア様と仲良くしちゃいけないんだ。シアノはしつこいから突き放すのは無理だったけど、レイシア様には、好きだからこそ、絶対に辛い思いをさせたくない。絶対に守りたい。


「殿下は2人の時に敬語を使うと物理攻撃をしてくるものですから仕方なく、ですよ。それに、僕は嫌われ者のオバーンですから、本来宮殿でのこんな好待遇は頂けないですし。身分はわきまえています」

「……そう」


 レイシア様は僕の言ったことに悲しげに呟く。


 ごめん、レイシア。

 もう君が一緒に嫌われ者になって悲しむ姿を見たくない。

 もう僕は君を失いたくないから。

 僕のせいで死ぬのは見たくない。


【お前は性格は真反対なのに、考えることが俺だな】


 唐突にクロウの声が頭に響いた。心の声で話すことはできるが、それはお互い考えることもだだ漏れのと同じだから、クロウが言っているのはそれを聞いての言葉だろう。


(クロウ……)

【……俺様の記憶を知るお前がそう思うのも無理はねぇが、前世の話だ。気にしすぎるな。お前はお前。レイシアはレイシアだ。お前らはあいつと俺じゃない】

(そう、かもしれないけど……)


 記憶で見た光景を思い出すと身震いしてしまう。あんな悲しいことがまた起きたらと思うと怖いのだ。


【俺様が何のために魂としてお前の中にいるかは分からねぇ。けど、お前はお前なんだ。俺様関係なくレイシアを好きになったんなら、逃げてばかりじゃダメなのはわかるだろ?前世()に縛られるな】


 そうクロウが言うのが聞こえて僕は苛立つ。


 分かってるよ。でも、あんなの2度と御免だ。あの悲劇を起こさないようにしたいから、守りたいからこそ、突き放すんだ僕は。

 

「アラン?どうかした?」


 ハッとした僕は咄嗟に話題を振って誤魔化す。


「い、いえ、なんでもありません。それより、誕生日おめでとうございます」

「ふふっ、ありがとう」


 この華のように笑顔が好きだ。前世の恋人だからって好きになった訳じゃない。レイシア様自身を好きになったんだ。でも、所詮は人気者で可愛い皇女と最恐で嫌われ者の戦闘種族。身分違いの恋で、また悲劇になる可能性はゼロじゃない。


 そう思っているとレイシア様は僕の顔を覗き込んで首を傾げた。


「アラン、プレゼントくれない?」

「……へっ?」


 か、可愛すぎる……。

 僕の身長が187で、レイシア様は155程度。可愛らしい上目遣いとこてんと傾けた首。そして、甘い声と可愛らしい表情。それがこの身長差だと事細かなところまで見えてしまう。


 あー、もう。これ以上、貴女を好きにならせないでください。抑えきれなくて、突き放したことも無駄になってしまいそうになる。


 僕がそんなことを思っているなんて知る由もないレイシア様は続ける。


「誕生日プレゼント、くれる?」

「……ぼ、僕があげられるものでしたら……」

「……そう。それを聞いて安心したわ。じゃあ、はい」


 そう言って、レイシア様は顔をあげて目を閉じた。


「え?あ、あの……?」

「キス、してよ」

「あ、ああ。キスですか……。って、キスぅううう!?」


 驚いて、恥ずかしくて、顔を真っ赤にして僕は大声を出してしまう。


「な、ななななな何を仰っているのですか!?し、ししししかも、ここ廊下!!」

「あら、廊下じゃなければいいの?」

「そういう問題ではありません!!か、からかわないで下さい!」

「からかってないわよ」


 真剣な表情で言う彼女を見て、僕は動揺する。


 え?からかってない?え、ちょっと待って。どういうこと?え、まさか……。

 いや、考えすぎはよくない。からかってないって言って、からかってる可能性も……。とりあえず……。


「あ、あの……レイシア様」

「何よ」

「ここは人の目がありますので、場所を変えませんか?」


 そう言うと、少し頬を赤く染めたレイシア様がこくんと頷いた。

 そうして移動したのは王宮の一階の僕の部屋だ。ここなら人も来ないし、無断でいきなり入ってくることも無い。そうして僕はレイシア様も部屋の中に入ったことを確認してから扉を閉めた。

 その瞬間。


 ぎゅっ。


 僕は後ろからレイシア様に抱きしめられていた。


「え、あ……あ、の……レイシア、さ……」

「様はいらないわ。レイシアって呼んでって言ってるじゃない」

「……できません。放して下さい」


 そう言って、レイシア様から離れて、彼女の方を向くと、目に涙を溜めて怒った顔をしていた。


「え、レイシ……」

「……何で名前呼んでくれないのよ!?なんで敬語使うのよ!?様なんていらない!昔みたいにレイシアって、笑顔で呼んでよ!」

「……僕にはそんな資格……」

「資格って何?前世の記憶があるから?」

「それもそうなんですが…………って、待って、どうしてそれを!?」


 クロウのことはシアノにしか話していない。レイシア様が知っているはずがないのに。


 と思っていると答えはすぐに返ってきた。


「私、クロウ様のこと、知ってるのよ。たまたま、夜に貴方の姿を見て、こっそりつけていったら……」


『誰だ!』

『……っ!?』

『…………エル……じゃなくて。あんたか、レイシア』


 は?クロウ?…………また僕の寝ている間に……。


 僕が寝ている間もクロウは体を自由に使える。ただ、その間は寝ている僕は意識がないので僕にはその間の記憶がない。

 まあ、それは置いておこう。


「……それで、何を聞いたんですか?」

「自分がアランの前世って、私が前世の恋人に似てるって言われただけよ」

「そう、ですか……」

「そしたら……」


 ん?そしたら?


「頭が痛くなって……、エルって人の記憶が流れ込んできた」

「……………………ええええええええ!?ちょ、ちょっと待ってください!え、じゃあ、もしかして……」

「クロウ様と話したら記憶戻ったみたい」


 ええええ……。そんなことあるの?と思っていると。


【あ】

(え、何?)

【そういえば、俺、転生する時になんか言われたな。俺と言葉を交わしたら記憶が戻る奴と戻らない奴がいるとかなんとか……】

(はああああ!?何でそんな大事なこと忘れてる訳!?)

【いやー、悪い悪い。それであの日、レイシアは急に気絶したのか。納得】


「え!?気絶!?」


 クロウの言葉を聞いて、咄嗟にレイシア様の肩を掴んでしまう。突き放すとか、一定の距離を保つとか頭から抜けていた。


「大丈夫だったの!?怪我とかその時しなかった!?」

「……えっ!?あ、うん。クロウ様が受け止めてくれて部屋まで運んでくれたみたいで……」

「……よかった。……ってすみません!僕としたことが、大変失礼なことを……!」


 ばっとレイシア様を掴んでいた手を放して口調を元に戻す。


 ああああ!!何をやってるんだ僕はぁあああ!


 そうあたふたしていると、くすっと笑い声が聞こえてきた。


「失礼じゃないわ。むしろそっちの方が好きよ」


 そう笑った彼女を見たら照れ臭くなって、顔を手で隠した。


 あー、もう。可愛いな……。僕がある一定の距離を保って、避けてたのに、こんなの、もう……。


 「好き」って言ってしまいそう。


「アラン?何で顔を隠してるのよ?」

「な、なんでもありません」

「ふーん……」

「「…………」」


 もう「好き」なことを隠してても意味ない気がしてきた。君を想う気持ちは抑えきれなくなる程に大きくなっていることに気づいた。君をまた失うかもしれない恐怖はある。でも、あの恐怖に縛られたままじゃ、前には進めない。前世の二の舞になるかもしれない。だから、君を失わないように、大切にするから。


 今世こそきっと君を守ってみせるから。


 そう思った僕の心を聴いたクロウはフッと微笑んだ。


【覚悟決めたな。じゃ、邪魔者(俺様)は寝るわ。頑張れよ】

(……ありがとう、クロウ)


 クロウの気配が消えたところで、僕はレイシア様に向き直った。そうして、僕が話を切り出そうと口を開くその前にレイシア様が口を開いた。


「ねぇ、アラン」

「……はい」

「あのね、私、ずっと言いたかったことがあって……。でも、なかなか勇気を出せなくて。だから、18歳の誕生日に必ず言おうと決めていたの」


 レイシア様は真剣な表情をして言葉を続ける。


「…………私、アランのことがずっと、す……ふむっ!?」


 僕はなんとなく予期していたレイシア様の言葉を途中で彼女の口を右手で覆って途切れさせる。


「……申し訳ありませんが、その先は僕に言わせて下さい」


 1つ深呼吸をして俺は、レイシア様の口を覆っていた手を離し、代わりに彼女の左手を握って告げる。


「……僕は、ずっと君が好きだった。前世とか関係なく、君に恋をした。……レイシアが好き、です……」


 僕の言葉に一瞬目を見開いて驚くレイシアだったが、すぐにいつものふわっとした笑顔を見せて抱きついてくる。


「ふふっ、私も貴方が好きよ、アラン。やっと、名前を呼んでくれた」


 8年間も、あくまで姫と従者として接してきた。だから、タメ口も呼び捨てもしてこなかった。それをレイシアが気にしてることを知っている僕は彼女を抱き締め返して少し申し訳なさそうに呟いた。


「……怒ってる?」

「そりゃ怒ってるわよ。何回言っても敬語だし、様呼びのままだし」

「うっ……ごめん」


 しゅんと肩を落とした僕の顔をレイシアは覗き込んできた。


「許して欲しい?」

「……許して、欲しい」


 そう言うと、レイシアは悪戯な笑みを浮かべた。


「じゃあ、誕生日プレゼントちょうだい」

「……え。いいけど、何をあげれば……」

「さっき言ったわよ、私」

「さっき?」


 ぽくぽくぽく、ちーん。


『キス、してよ』


 それを思い出した瞬間、僕の顔に熱が集中する。


「……っ……え、えっと……それは……」

「なーにー?嫌なの?恋人になったのに?」

「……こ、こいび……っ!?」


 さらっと「恋人」なんて言ってくるレイシアに対して、僕の思考回路はショート寸前だ。顔が熱すぎて、どうにかなりそう。

 そんな僕をよそに、レイシアは変わらず問い詰めてくる。


「ちょっと、アラン。返事は?」


 ……僕だって男だ!ここまで来たら覚悟決めるしか……ない。


「…………わ、わかった。するから、キス。だ、だから、そのー……目を閉じてくれないかな……?」

「うん」


 目を閉じたレイシアを見て、僕は深く深呼吸する。

 緊張でうまく息ができない。体が熱くて、主に顔に熱がこもってのぼせそうだ。


 でも、その……こ、恋人……のお願いだし……。いや、でも、僕にはまだそんなの早いような気が……。…………あー、もううだうだ言わないで、しよう。キス、すればいいんだろ。


 そう意気込んで僕は、レイシアの肩に手を置いてキスをする。


 ちゅっ。


「……え?おでこ?」


 そう、僕がキスしたのはレイシアの唇ではなく、おでこだ。僕はリンゴのように赤くなった顔のまま、レイシアに弱々しく懇願する。


「こ、今回は……これで勘弁して…………」

「……もう、しょうがないわね。思っていたのとは違ったけど、そんなに顔真っ赤にして頑張ってくれたから許してあげるわよ」

「あ、ありが…………」


 お礼を言おうと思った瞬間。


「なーんてね」


 ちゅっ。


「……〜〜〜〜〜〜っ!?」


 レイシアは僕のワイシャツの襟首を掴んで、自分の唇を僕のそれに押し当ててきた。すぐに唇が離れたが、僕は驚きすぎて、口をパクパクさせていた。


「え、あ…な、ま……れ……?」

「うふふっ、最高の誕生日プレゼントよ。ありがとう」


 そう言って僕が恋した幼なじみの女の子(皇女様)は僕の一番好きな笑顔を咲かせた。

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