2.最大の依頼とか最悪な許嫁とか聞いてねぇぞ
必要なものを持って準備が整った俺たちは、親父の部屋にたどり着き、扉をノックする。すぐに返答があったので名を告げると、入るように促されたので扉を開けて中に入った。
「申し訳ございません、遅くなりました」
「構わん、まだ成人の儀まで時間はあるしな」
「そうですか。お隣失礼します」
親父の部屋には装飾が美しい大きな仕事机と、家族で話すときに使うテーブルとソファ、そして、壁際にはずらっと本が並んだ大きな棚が置いてある。
そして、そのソファには先ほどの銀髪の男性と女の子が、その反対側に親父が座っていた。俺は自然と親父の隣に座らせてもらい、アランは俺の一歩後ろで控えさせたところで話を切り出した。
「ところで、お話というのは?」
「まあまあ、そう急ぐな。順番に行こう。とりあえず、この方達を紹介する」
そう言った親父の言葉に従い、顔を銀髪の2人に向けた。
「こちらは月神様の国、ルナタレアのヴァルゼン・ユビル。現セレネー・ルーナ様の伴侶で、私の友人だ。そして、こちらのお嬢さんはその第2皇女のセリーネ様だ」
「これは、ご挨拶が申し遅れました。サンカ第3皇子、シアノと申します」
そう表向きには挨拶はしたものの、俺の心の中では驚きと戸惑いが隠せていなかった。
ルナタレアの王族!?そんなお方がどうしてここに?しかも、依頼があるだなんて……。こうして親父の部屋で話すほど聞かれたくない内容のことなんだろうけど……。
「よろしくね、シアノ君。……早速本題なのだけれど、君に、いや、シアンドールの店主に僕からセレネーである妻の代理として、依頼したいことがあるんだ」
俺の疑問に柔らかな声色で答えたのはヴァルゼン様だった。
ヴァルゼン様がシアンドールの名前を知っていても不思議はない。だって、秘密の情報屋『シアンドール』は神界中に広まっているのだから。
しかし、俺が店主であることは依頼をした人以外は知らないはずだ。しかも、俺の店は完全秘密主義なので、それを徹底するために俺は依頼者にお願いしていることが3つある。
1、依頼者は宛名を『シアンドール』と書いて、手紙で依頼をすること。
2、依頼者は他者に店の名前と依頼方法以外のことは話さないこと。
3、こちらから依頼完了の連絡をするまでは店への立ち入りを控えること。
この3点を厳守するという契約を依頼者と必ず結んでいる。そして、このうち、2番目を破ると口封じの(口が開かなくなる)呪いが自動的にかかるようになっているのだ。だから、依頼者が話したというのは考えにくい。
それなのにヴァルゼン様は俺が店主だと知っている。その理由が俺の頭の中で、ひとつだけ思い浮かぶ。嫌な予感がする。まあ、大体予想はついているが、確認といこうじゃねぇか。
「……失礼ですが、私が情報屋を営んでいることはどなたからお聞きに?」
「え、ジャルシェから聞いたよ」
……………………やっぱりそうかぁああああ!!
俺はできるだけ平静を装いつつ、ギロっと親父を睨み付ける。
「……父上、またシャルロッテを飛ばしましたね?」
「私が譲った土地で何をしているか気になったものでな、つい」
まあ、シャルロッテを飛ばしてくるのはいつもの事だ。慣れてるからな、それは許してやる。ここからが問題だ。
「……じゃあ、いつからご存知だったのですか?」
「いつからって、開店当時から知ってるぞ?お前がこの5年、皇子としての職務も忘れずに、並行して情報屋もやって、感心していたぞ」
「ストーカーかよ!!」
「失礼だな。親として子供の成長を見届けているだけだ」
「気持ち悪ぃから止めろ、今すぐに」
つい、周りも気にせずに敬語から普段の口調でツッコんでしまった。でもさ、そのくらい気持ち悪くね?ほんとに親かこいつは。
俺は親父のことが大嫌いだ。いや、大嫌いになったのだ。その原因は勿論親父本人だ。
小さい頃、俺は親父の事が大好きだった。いつも親父が何処かに行く度に付いて行っていた。
しかし、俺はある条件を呑むことで付いて行く許可が出た。それというのも。
女装、である。
ここで誤解しないで欲しい。俺に女装癖があるとか決して無い。それから、レイシアと瓜二つでお互いが性別を偽ってもどっちがどっちか分からないくらいだと説明したと思うし、自分で言うのも嫌だし認めたくないんだが、俺はめちゃくちゃ可愛いのだ。
その所為で幼い頃から色々、女物の服を着せられたんです、はい。フリフリのだの、清楚系だの、あっ、あんま露出系は着させられなかったな。俺自身もそれをやられたら男としての何かが壊れる、絶対。
着せられる事に別に嫌というのは無かったが、親父が行く街々で友人ができて、
『俺、男なんだ』
ネタバレすると揃って一度がっかりした後、まるで悟ったかのように、
『それでも俺はお前が好きだ!恋愛的な意味で!』
と言う。
いやいやいやいや!!俺はこう見えて正常男児だぁ!!やめろぉおお!!
なんて事はしょっちゅう。
流石に耐えきれなくなった俺は親父に女装をしなくていいよう頼んだ。可愛い息子の頼みだ、聞いてくれるだろう。と思った7歳の少年の予想をあのジジイは裏切った。
『お前は女の子として育てるつもりだったのだが…』
7歳の息子のプライドをズッタズタのギッタギタにしやがったのだ。信じられるか?本当有り得ない。その日から俺はあの人、いや、あのクソ親父の事が大嫌いになった。その上、面倒な仕事を俺に必ず回してくるから、さらに嫌いになっていく。
あの野郎、「シアノはどうしてあんなに冷たいんだろう?」とか言ってっけど、原因お前自身だっての。ほんと、馬鹿だよな。
「はぁ……ホントいっぺん死ねばいいのにな、この親父」
「ちょっ、ちょっと、殿下!?何恐ろしい事を仰ってるのですか!?落ち着いて下さい!!」
ヤベッ、つい口に出しちまった。
アランのストップがかかり、咳払いをしてなんとか平常に戻る。
「おっほん……失礼致しました。それで、ヴァルゼン様、ご依頼というのは……?」
「うん、君に神界を回って情報を集めてきて欲しいんだ。それも只の情報じゃない。かなりその国において重大で機密になるようなもの」
「それが依頼でございますか?」
「うん。ジャルシェが信頼している君に頼みたいんだ」
………って待て待て待て。俺はこのジジイに信頼されている訳じゃないですよ!?逆にこのジジイの終わらせなかった仕事が全部俺に回ってくるんですが!!………なんて口が裂けても言えないので苦笑いで誤魔化す。
「仕事の内容は分かりました。しかし、何故私にその仕事を?他の情報屋もございますが……」
俺が尋ねるとヴァルゼン様は優しい笑顔を向けた。
「かなり内密の仕事だからこそだよ。シアンドールは完全秘密主義。外に洩らす心配がないからだよ。シアンドールが、いや、君が適任だと妻も同意したんだ。詳しい事は話せないが、この仕事を引き受けて欲しいんだ」
セレネー様も同意の上なのか。引き受けるかどうかで迷い、俺は言葉を詰まらせた。
皇子といっても暇な訳ではない。むしろ、仕事が沢山ある。それをこなす中で俺は情報屋をやっているのだ。だから、依頼完了まで数日で済むこともあるし、数ヶ月かかる時もある。そして、一人一人振り分けられている仕事は異なるが、皇子には必ず担当しなければならないものがある。
それは、兵隊の指導だ。勿論、兵の中で兵長や隊長などの役職が振り当てられているが、兵士の数が膨大で彼らだけでは全ての兵を強化する事ができない。
皇子の他にもアランのようなかなりの腕を持つ人が指導を担当する事もあるが、それでも人員が不足する。そこで幼い頃から剣術を習わされる皇子が兵士の指導を行うのだ。俺も強い訳ではないが、一兵団を担当している。が、運動馬鹿な兄、クルシウスが自分の他の仕事を放ったらかしにして俺の担当してる兵団の指導もする。その代わりに兄の他の仕事を俺がする羽目になるのだ。
その他の仕事はそれぞれ異なるが、俺は主に税管理、契約書の署名、他国との面談。
そんな中で秘密情報屋をやっているのだ。
ヴァルゼン様はシアンドールのことを父に相談して、結果的に親父がバラしたから、俺に頼みに来たのだろう。俺は答えをヴァルゼン様に伝えた。
「申し訳ありませんが、私一人が担当している事項がございまして。それを放ってまで、やることができないのです。それ故、そんな大きな仕事だと、何ヶ月、いや、何年かかるか……」
と断ろうとしていた矢先、父が話を切って入ってきた。とんでもない事を言って。
「シアノ、お前が言っているのは税管理の事だろう?それならもうレイシアとオスカに頼んでおいた。その他の仕事も他の者に振り当てたぞ」
「……はぁああああ!?何してんだジジイ!!」
「殿下、落ち着いて下さい!!また口調が…!!」
アランのストップが再びかかるが、今回は俺も
止まらなかった。
「いつもそうだよな!そうやって俺のいない所で話を勝手に進めてさ、俺が後から知ってどんだけ大変か分かってんのか!?」
「だってお前断るじゃないか」
「それは俺がクルシウスの分の仕事をこなしてるからだっつーの!あの馬鹿兄貴がちゃんとやりゃあ俺はすんなり引き受けてるよ!!そんな事も知らねぇのかクソジジイ!!」
「知っているに決まっとろうが。私がそんな無能だとでも言うのか、この馬鹿息子」
「それなら一言くらい先に言えるだろうが!!…んな事もできねぇじゃん!だから嫌いなんだよ、そういう所が!!」
一通り息を切らしながら言い終わった後、ヴァルゼン様が困ったような顔で遠慮した声で言う。
「……ほ、ほら。喧嘩はお終い。シアノ君、別に強制している訳じゃないから引き受けなくてもいいんだよ?あくまで依頼だからさ。だから、取り敢えず落ち着こうか。ジャルシェも、ね?」
「………申し訳ございません。仕事を引き受けたくない訳ではないのです。むしろ、引き受けたいと考えております。ただ、父の勝手なやり方が気に食わないのです。本当に父がこんなので申し訳ございません」
「さらりと私の悪口を言うな、ちびっ子」
「ジャルシェ、ちょっと黙っててね。それでシアノ君。引き受けてくれるかい?」
父が勝手に俺の仕事とクルシウスの馬鹿兄貴の仕事をレイシアたちに振り当てた事で、俺には王宮内でやる事がない。退屈は嫌いだし。俺はヴァルゼン様に告げた。
「お引き受けします。よろしくお願い致します、ヴァルゼン様」
「よかった…。ありがとう、シアノ君」
「いえ、それでお尋ねしたいのですが、この仕事の目的は何ですか?」
「……依頼を引き受けてもらうんだ、説明できることは全て話すよ。神々の悪逆が関わっているんだ」
「神々の悪逆、でございますか?」
『神々の悪逆』
今から5億年前に起こったギリシア神界最大最悪の戦乱。
それが一体どのようにこの仕事に関わってくるというのか。ヴァルゼン様は真剣な眼差しで語り出した。
「大きな悪が平和を壊しに来るという未来運命神様の予言があったんだ。それを聞いてルーナとジャルシェと僕は、その大きな悪が『神々の悪逆』の再来だと考えてる。あの戦乱の原因は未だに明白じゃない。だが、裏では神のうちの誰かが起こしたといわれている。だから誰が起こそうとしているのか、何の為に起こそうとしているのかを知る為に君に依頼したんだ。神が直々に動くことはできないし、お互いがお互いを疑ってどうにもならないからね」
なるほど、と俺は頷いた。それを考慮しながら情報収集をしなければならないということか。これは大変な仕事になりそうだ。俺はヴァルゼン様に向き直り、しっかりと自分の意思を示した。
「このシアノ・ラル、有力な情報を必ずや得て参ります」
「うん、お願いね。それとシアノ君、セリーネも同行させるからよろしくね」
「…………………………………は?」
ヴァルゼン様の最後の一言を聞いて俺は固まった。そんな俺の頭をを親父はばしっと一発叩いた。そして親父が我に返った俺に告げた。
「多くの国に行くんだ。しかもその国の王宮に入る理由が必要だろう」
おいおいおい。マジかよ。だからって、同行させるのはオヒメサマじゃなくてもいいと思うんだが……。そう思って、セリーネ姫をちらっと見ると凄く嫌そうな顔をしていた。
そんな嫌な顔して睨んできたって、俺は悪くねぇぞ。反論を言うならお前の親に言え。俺に責任を押し付けるな。一言も喋ってねぇのに、むかつくなこの女。
セリーネ姫が同行するだけでも驚きだったのに、更に驚きのことを親父とヴァルゼン様から告げられる。
「君たちを許婚にしたから」
「お前たちを許婚にしたから」
「「………………はああああああああ!?」」
俺も驚いたが、セリーネ姫も驚いているということは、依頼の同行は聞いていたけれど、許婚の件は知らなかったようだ。
「ま、待って、お父様!?そんな話聞いてないですわ!!」
「うん、今初めて言ったからね」
「どうしてそんな大事なことを黙っているのですか!?」
「だって、そんなこと言ったら、シアノ君と一緒に行ってくれないじゃないか」
「………………」
ああ、図星なのか。別に、姫様が居ようが居まいがアランがいるし、なんとかなるからいいけどな。
それより、俺も親父を問いたださなきゃ。
「父上、どういうことなのか、説明をしていただきましょうか」
「……はぁ、シアノ、お前幾つだ?」
「………は?」
俺の問いには答えずに父は俺が予想していなかった事を尋ねてきた。いきなり年を聞くとは、どういう事だろうか。動揺したが、俺は父に冷静に返答する。
「今日18になったばかりですが、それが何か?」
すると、父は俺を呆れた目で見、一つ大きな溜め息をついた。
「…お前はもうそんな年なのだから、そろそろ見を固めねばならん。今まで言っていなかった事だが……」
俺は背筋に冷たい何かが走った。俺の顔を見て真剣な眼差しで父は告げた。
「実は彼女、セリーネ姫がお前の許婚だ」
俺は精一杯反論する。
「いや、それは先ほど聞きましたよ!!私が言っているのは突然すぎではないかということです!それに彼女はいいと言っている訳ではないでしょう!?」
大きな声で言うとセリーネ姫が無愛想にぼそっと告げた。
「言う訳ないでしょう。こんな女みたい顔した男と結婚なんて御免よ」
俺はセリーネ姫の方に視線を向け、皮肉じみた言葉を返した。
「こっちだって、こんな生意気で可愛げのねぇ女と結婚なんて願い下げだ」
「…と言うと思ったので、2人が成人するまで黙っていようということになっていたのだ。それに、多くの国に行くんだ。そこでその国の王宮に入る時にセリーネ姫との結婚を理由とすれば簡単に入れるだろう?」
「…………なるほど、セリーネ姫の依頼同行の理由は納得できました。しかし、許婚の理由にはならないでしょう。何故彼女と私なのですか?」
そう尋ねた俺に答えたのはヴァルゼン様だった。
「あれ?君たち、覚えてないの?」
「「何を……?」」
「セリーネ、君、ここに来てはシアノ君と遊んでたじゃないか」
「え……っ」
「シアノ、お前はセリーネちゃんが来ると嬉しそうにしてたじゃないか」
「えっ?」
全く、覚えてない……。
チラッとアランの方に顔を向けて、確認の意を込めた視線を送ると、思い出しているのか、顎に手を当てながら口を開く。
「……そういえば、銀髪のお嬢様を見たことがあるような気が……。でも、それって、私が宮殿に招かれてすぐの頃では?それ以降は見かけていないです」
「アランが覚えていて、当の本人たちは覚えてないってどういうことなのだ……?」
「あんな可愛くてお似合いな2人を見て許婚に決めたのに……」
親父が呆れたというようなため息をつき、ヴァルゼン様はガッカリして肩を落とした。
そんなあからさまに呆れられたり、がっかりされても……。覚えてねぇんだからしょうがねぇじゃん。
まあ、だからって許婚を認める気はねぇ。
「こんな生意気な女と結婚なんて御免だ!」
「こんな女みたいな男と結婚なんて御免よ!」
こんなに相性の悪い許婚と仕事なんてできるのだろうか。最大の依頼と最悪な許婚とか、お先真っ暗だ。