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 夜空に浮かんだ半月の光が、照明が落とされたオレンジの部屋に四角い形となって差し込んでいる。オレンジがベッドの上で寝返りを打つたびに、ベッドからは微かな塵が舞い上がる。オレンジは目を開けたまま、自分の吐息と、右目から聞こえてくる秒針音に耳を澄ませていた。オレンジは自分の呼吸の音をゆっくりと時計の針と同じリズムに合わせてみる。深く息を吸い込むたびに、初夏の湿った空気が小さな肺の中に満ちていくのがわかった。


 そして、オレンジが針のリズムに身を委ねていたいたその時。窓ガラスに小石がぶつかる音がして、オレンジはびくりと身体を震わせた。彼女はそのまま身体を起こし、じっと窓の方へ目を向けた。しばらくすると、再び下から投げられた小石が窓ガラスにぶつかり、乾いた音を立てる。オレンジは素足のままベットから抜け出し、そのまま部屋の窓を開けた。身を乗り出して、二階の部屋から小石が投げられてきた方向へと目を向けると、そこには近所に住む少年、ティールの姿があった。ティールは小さな身体の上にサイズの合わないチェスターコートを羽織っていて、両手はコートの袖の中に隠れて見えていない。彼の特徴でもある癖のついた薄茶色の髪の毛は薄暗い月夜に映えていて、頭頂部の髪の毛が寝癖のようにピンと跳ねていた。


 二階の窓から姿を現したオレンジに気が付き、ティールが嬉しそうに顔を綻ばせる。「ガキが一人で出歩いていい時間じゃないわよ」とオレンジが突き放すと、ティールは「そこまでガキじゃないさ」と言い返す。


「自分をガキじゃないと思ってるのはガキの証拠よ。それに、あんたって私よりも二歳も年下でしょ? つまりね、私が両足で立ち上がっていたときに、あんたはタンパク質レベルでこの世界に存在していなかったのよ。そんな人生の後輩が私に何の用?」

「用なんてないよ。ただ君の顔を見たかっただけなんだ」

「よくもそんな歯が浮ついたような台詞が言えるわね」

「お世辞なんかじゃないよ。愛してる」

「愛なんてこの世にあるわけないでしょ。知らないの? ブラウン管の中じゃ、誰も彼もか不倫だ浮気だで空騒ぎをしてるのよ」

「僕の愛は本物だよ。信じて欲しい」


 オレンジがあくびをする。黒い雲で月が陰って、少しだけ月の光が弱くなる。ティールはじっとオレンジを見つめていた。声変わりもしていない喉は少女のように平らで、長い睫毛は水色の瞳の上に憂いげに覆い被さっている。オレンジとティールは幼馴染で、物心がついた時から一緒に遊ぶ仲だった。オレンジにとって、ティールは仲の良い友達であり、可愛い弟に過ぎない。しかし、ティールはいつの頃からか、オレンジに愛してるだのテレビで見るようなうわついた言葉で求愛を行うようになった。オレンジとしてはまだまだ子供のティールが本気で言ってるだなんて信じていない。それでも初めは面白半分に乗ってあげたりしてたが、最近ではそれにも飽き、ただただ適当にあしらうだけになっていた。


「どうしたら君は僕を愛し返してくれる?」

「ごめんなさい。私は年上が好みなの。大人の色気がないと受け付けないし、自分より年下を好きになることは今後一生ないと思うわ」

「どうしたら僕はオレンジより年上になれるかな」

「さあね、時間でも食べてたら?」


 オレンジの左目の時計が深夜の12時を告げる鐘を鳴らす。もうとっくに眠る時間だわ。オレンジはため息をつき、窓を閉めようと取手を掴む。そのタイミングで下にいたティールがもう一度呼びかける。


「オレンジ!」


 オレンジが窓の取手を握りしめたまま、中庭のティールを見下ろす。


「おやすみ!」

「おやすみ。早く帰んなさいよ」


 オレンジはそう言い残して、そのまま窓を閉めた。外から聞こえてきた虫の鳴き声や風の音が聞こえなくなり、海底のような静けさがオレンジを包み込んだ。オレンジはベッドに戻り、仰向けのまま天盤の裏地を見つめた。取り止めのない考えが頭の中を横切っていき、何かの形をなす前に霧のように消えていってしまう。


 右目の時計の秒針音がオレンジの頭蓋骨を経由して鼓膜を震わす。いつもは気にならないはずのその音がなぜか妙に気になって、オレンジは意味もなく両手で自分の両耳を塞いだ。それでも、時計の音は少しずつ少しずつ大きくなっていくような気がした。1秒に一回しか聞こえないはずの音が、まるで休符のない音楽のように絶えることなく鳴り続ける。


 眠れない状態のまま一時間ほど経ち、オレンジは身体を起こした。そしてベッドの横にかけていたハーフブーツを履き、そのまま音を立てないようにそっと扉を開き、自室を出る。

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