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 アルメラルラ家三女のオレンジは屋敷の大広間のソファで目を覚ました。


 オレンジが顔を左右へ向けると、黒革のソファの端には長女のシエナが座っていた。天井に取り付けられたシャンデリアの光が逆光となって、シエナの顔が影で暗くなる。オレンジが目を覚ましたことに気がついたシエナがおはようと呟き、目が覚めたオレンジがそれに対して気怠げに微笑んだ。


「おはよう、シエナ。今って何時?」

「八王子よ」


 オレンジがゆっくりと身体を起こす。先ほどまで大理石の上で倒れていたからか、身体の骨張った部分が妙に痛い。あまりの痛みにオレンジが悪態をついたタイミングでオリーブがやってきて、地下室へ続く扉の前で失神していたオレンジをここまでメイドと一緒に運んできたのだと教えてくれた。一体地下室で何があったの? オリーブがソファの背もたれに手をかけ、上からオレンジの顔を覗き込み、尋ねた。


「地下室には遊園地があったわ。それも観覧車のない、最低な遊園地ね」

「ゴーカートはあった?」

「あるわけないじゃない。遊園地があるのは地下室よ。そんなところにゴーカートが作れるわけないじゃない。ちょっとは常識ってもんを知ってよ。どんな両親から生まれたわけ? ちょっと待って、両親は私と一緒だから今の話はなし。とにかく、頭が腐ってるって言いたいの。どういうことかというとDNAレベルで頭がお馬鹿さんだってこと」

「そこまで……そこまで、言わなくてもいいじゃない! 馬鹿!」


 オリーブが顔を覆ってわっと泣き出す。シエナが面倒くさそうにオリーブの髪を撫で、「私たちは姉妹だから、最低でも4分の1は同じDNAなのよ」とオレンジに伝える。


「だったら、その一致してない部分のDNAに何か品のない落書きでもされてるのね」


 オレンジが視線を落とす。それから、大広間の明かりに照らされてできた自分の影を見て、最悪だわと悪態をついた。オレンジの足には見慣れた自分の影ではなく、地下室を彷徨っている時に間違って踏んづけてしまった、別の人間の影がくっついていた。試しに片足を上げてみると、オレンジよりもひとまわりもサイズの大きい足が同じポーズを取る。オレンジが長い髪の毛を手でかきあげると、オレンジの影は少しだけためらった後で、真似することを諦め、オレンジからそっぽを向いた。


「地下室の中で私の影を落としてきちゃったんだわ」

「別に気にすることはないわ。影なんてあってもなくても同じようなものだから」

「じゃあ、シエナかオリーブの影と交換してよ。この影、そんなに若くないもの。影で年増と判断されたらたまったもんじゃないわ」


 そこでオレンジは地下室に残してきたシーグリーンのことを思い出す。自分をここまで運んでくれたオリーブにシーグリーンを見かけなかったと尋ねるが、オリーブは涙で目を赤く腫らしながら首を横に振る。メイドも別に見かけてないと思うわ。一緒にあなたをここまで運んだ子は猫アレルギーだから、シーグリーンがそばにいたら絶対に気がつくもの。オリーブがそう答えると、オレンジは不安げにあたりをキョロキョロと見渡し始める。ステーキにされてたらどうしよう。オレンジが胸の前で手を揉み下しながら呟いた。


「オリーブが呼んだら、来るんじゃない?」


 シエナが二人のやりとりに口を挟む。それもそうねとオリーブが頷き、いつものように口笛でシーグリーンを呼び寄せた。


「ルールルルル」


 オリーブの口笛と同時に階段から小気味よい鈴の音が聞こえてくる。その鈴の音を聞き、オレンジはほっと胸を撫で下ろした。音が段々自分たちへと近づいてくる。しかし、鈴の音と同時階段から聞こえてくるのは、いつものような階段を軽やかにステップする音ではなく、まるでステッキで床を叩くようなコツンコツンという音だった。


 そして、シーグリーンが姿を現す。肉部分が綺麗に削ぎ落とされた、骸骨の姿で。小ぶりな頭蓋骨を左右へカラカラと揺らし、何本もの小さな骨で連結された尻尾部分は真っ直ぐと天井を向いている。骸骨姿のシーグリーンがオリーブの足元へと近づき、左右にぱっくりとむき出しになった肋骨部分を彼女の足にくっつけて戯れ合う。骸骨姿になっていたにもかかわらず、首部分の骨には以前から付けていた本革の首輪と鈴がぶら下がっていた。


「これは……ステーキにされてしまったということかしら?」


 シエナが呟く。それでもこうして生きて帰ってきてくれただけても嬉しいわ。オリーブがそうつぶやきながら、シーグリーンの顎の骨をコツコツと叩いてあげると、シーグリーンは気持ちよさそうに顔を上に向け、尻尾の骨を左右へとゆっくりと振った。


「ねえ、シエナ。これでもまだ、私にこの屋敷の地下室を調べてこいって言うわけ?」


 シーグリーンの変わり果てた姿を眺めながら、オレンジがシエナに問いかける。


「うーん、骨にされたのはシーグリーンだし、さすがに大叔母様も自分の親戚を骸骨姿にするとは思えないし」

「時計があったのよ! 針が止まった時計が!!」


 オレンジの大声にシーグリーンが驚き、そのまま逃げるように大広間から逃げ出していった。地下室で遭遇した針の止まったおぞましい時計を思い出し、オレンジの身体に悪寒が走る。両腕をさすりながら、オレンジはシエナに非難のまなざしを向ける。シエナは頭を手で押さえながらその場をぐるぐると周り、ソファの上へと腰掛ける。


「アルメラルラ家の一員として、オレンジもお屋敷の管理はしなくちゃいけないの。もし一人が心配だと言うのなら、メイドかオリーブと一緒に調べてきてちょうだい」

「こんな可愛い末っ子を危険な目に合わせて良心は痛まないわけ?」

「可愛い子供には旅させよって言うでしょ? はい、この話はこれでお終い。で、話は変わるけど、オリーブ、あなたに重要な話があるわ」

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