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「名前はね、他の人が呼んで初めて名前になるの。だから、私みたいに、ずっとこの場所で一人ぼっちに過ごしているとね、大事な名前は消えてなくなってしまう。それにね、消えてしまわないように大事に持ち歩いていたとしても、ちょっとした弾みでどこかに落としてしまうの。落としちゃったらもう大変。名前なんてものは目に見えるものじゃないから探すのはとんでもなく難しいの」


 少女は説明を続けながら、ベッドに腰掛ける。ブラウンは少しだけ考えた後で、立ったままでいるのもなんだか疲れてしまうため、少女の隣へと腰掛ける。少女の横がを近くで見てみると、オレンジや姉のカナリアの面影があった。自分が知らないだけで、彼女は本当にアルメラルラ家の子供なのかもしれない。この屋敷に住んでいない、親戚の子とか。だけど、だとしたら、彼女が言っているずっとこの場所で一人ぼっちに過ごしているというのはどういうことなのだろう。


「ここにはママとかオレンジとか僕とかカナリアとかお手伝いさんが、いるはずだけど?」

「それはまた別の場所の話。今この場所とこの時間にいるのは、私とあなただけなの」

「じゃあ、君は僕がここに来る前は一人ぼっちだったの? ずっと一人だとつまんなくないの?」

「うるさいなぁ。そんなのあなたに関係ないでしょ? それにさ、一人ぼっちの方がいいもん。お姉ちゃんに会えないのは嫌だけど、他のママとかパパに会うくらいだったらそっちの方がマシ。だって、すごく怒りっぽいし、言い返したら言い返したですっごくびくびくするんだもん」


 少女は足をバタバタと振り子のように揺らしながら、自分より少しだけ年下の話し相手にお喋りを続ける。


「この前……この前って言っても、この場所だと何日とか何時とか意味ないんだけどさ、パパの大事なお客さんが来るからって言ってね、その時間の間はずっとこの部屋にいなさいって言ってきたの。でもさ、そんなの聞くわけないじゃん。外から鍵をかけられてたけど、怖くなって私が泣きながら『開けて』って言ったら、このお屋敷が扉を開けてくれた。部屋からこっそり抜け出して、足音立てないようにそっと屋敷の中を歩き回っていたら、パパとかママの話し声が聞こえてくるの。バレちゃまた怒られちゃうって思ってはいたんだけど、その大事なお客さんが誰かってすごく気になっちゃってさ、ちょっとだけその部屋の扉を開けて、中を覗いたの。そしたら、パパとママと、すっごく可愛いドレスを着たお姉ちゃんが中にいて、お話に出てくるような背が高くてハンサムな男の人と仲良さそうにお話ししてた。


 なんだろうって思って、興味津々で見てたら、お姉ちゃんが私の方に気がついて、小さく手を振ってくれた。それが嬉しくて、私も扉の隙間から手を振りかえしたら、そのはずみで手と扉の角がぶつかっちゃって、音を立てちゃった。そしたらさ、パパとママが振り返って、私に気がついたの。そしたら、目をまん丸させて顔全体が青ざめて、そしたら次には怒り心頭でお顔が真っ赤っかになったの。パパから部屋にいなさいって言われてるわけだから、悪いことしてるわけじゃん? だから、見つかった時は私も動けなかったの。真っ赤な顔のパパがこっちに近づいてきて、扉をゆっくりと開けて、何してるんだってドスのきいた声で聞いてくるの。ママはママで『あの子を怖がらせちゃだめよあなた! 泣いちゃうわ!』って言うだけ。お姉ちゃんは少しバツの悪そうな顔をしてて、奥にいた男の人は何が何だかわからなくてきょとんとしてるの


 そしたらパパが私を引っ叩こうと腕をあげたのが見えた。それを見た瞬間、怖くなって、『嫌っ!』って叫んだの。そしたらさ、パパが振り上げた腕が熟れたリンゴみたいに肩から落っこちて、そのままコロコロって床を転がっていったわけ。それをママが見てぎゃーって叫んで、パパは外れた自分の腕を見て真っ赤だった顔がまた青色に変わってさ、自分の腕を拾って部屋から飛び出していった。多分、かかりつけのお医者さんの所へ行ったんだと思う。


 で、それからまたこの部屋に閉じ込められたの。お父さんとお母さんにね。しかもね、鍵をかけるだけじゃなくて、違う部屋からでっかい本棚をもってきて、部屋の扉の上に置いたの。最初はそこにある鎖で私を繋いでいたんだけど、私がその気になったらいくらでも外せちゃうからさ、そうせざるを得なくなったんだよね。ご飯とか食べる時だけ部屋が開けられるけど、それ以外はずーっとこの部屋にいるようにいわれちゃった。でもね、退屈で退屈で仕方なかったからさ、今はもうこっちのお屋敷に過ごすようにしてるの。ここでの思い出は忘れちゃうけど、どこにでも行けるし、退屈しない。あなただって、お屋敷の中に入ってここに来たんでしょ?」

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