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 オレンジは地下室に広がる遊園地をぐるっと見回した。


 入り口の右手には扉が鎖で封鎖された安っぽい売店があり、その奥にはアスレチック用の木造立体迷路が建てられている。右手奥には回転することを忘れてしまった絢爛豪華なメリーゴーランドとコーヒーカップがあって、左手にはだだっ広い空き地が広がっていた。空き地には看板が立てられていて、何かのアトラクションの建設予定地であることが記載されている。


 入り口横の壁は遊園地の背景がそのまま描かれていて、遠目から見れば、まるで置くまでこの遊園地が広がっているように見えるような仕掛けになっていた。顔を上げ、天井を見てみる。天井もまた壁と同じように、空が描かれていた。しかし、描かれている空はなぜか太陽が照りつける青空ではなく、妙にリアルな圧迫感がある曇天だった。


 地下室の中では時間が呼吸を止めているみたいに、物音ひとつしない。自分の心臓の音と、吐息の音だけが、水を張ったような静寂の中で響き渡っているような気さえした。


「驚きだわ」


 オレンジがその場に立ち尽くしたまま、地下室の中の遊園地を見渡し終えた後でつぶやく。


「遊園地なのに観覧車がないなんて信じられない」


 そのタイミングでずっとオレンジに抱きかかえられていたシーグリーンがするりと彼女の腕を抜け、そのまま床へと降り立った。斑模様のある丸い鼻先で地面をくんくんと嗅いだ後、シーグリーンは何かに導かれるように遊園地の奥へ向かってゆっくりと歩き出す。


「シーグリーン! ちょっと勝手にどっか行かないでよ! 大叔母様の亡霊に捕まってステーキにされるわよ!」


 しかし、その呼びかけに対してもシーグリーンは立ち止まることなく、そのまま何かにとりつかれたように奥へ奥へと進んでいく。オレンジは少しだけ迷いつつも、シーグリーンを追いかける。


 右を見ても左を見ても、そこには寂れた遊園地の風景が広がっていて、この空間はどこまでも果てしなく続いているように思えた。そして、オレンジはあることに気が付き、その場に立ち止まる。オレンジが自分の足元を見ると、あるべき自分の影がそこにはなかった。どこかで置いてきてしまったのだろうかとあたりをキョロキョロと見渡すと、すぐそばのメリーゴーランド近くに人形の影が床に張り付いているのに気がつく。


 オレンジは声を押し殺し、忍び足でその影へと近づいていく。そして、相手に気が付かれないまま十分な距離まで近づいた所で、オレンジは勢いよくジャンプし、一人でさまよっていた影を踏みつけた。


「危ない危ない。影を地下室で失くしちゃったら、シエラとオリーブに笑われちゃうわ」


 オレンジが独り言のようにつぶやく。そのまま捕まえた影を自分の足元へと持っていき、そこでようやく自分が今踏んづけているその影が、自分の身体よりも一回りも二回りも大きいことに気がつく。これは自分の影じゃない。私のような子供の影じゃなくて、もっと大人の女性の影。そのタイミングで、背後から突然物音がする。オレンジはびくりと身体を震わせた後、恐る恐る振り返ってみたが、そこにはもちろん誰も何もいなかった。


「シーグリーン?」


 口に出しさえすれば、自分の願望がそのまま現実になると思っているかのように、オレンジは物音がした方向へと向かって語りかける。しかし、当然返事が帰ってくることはない。オレンジの頭を、地下室の入り口で見つかったらしいメイドの左腕がかすめる。オレンジはぐっと生唾を飲み込み、ゆっくりと物音がした方向へと歩き出す。一歩ずつ一歩ずつ、オレンジは歩き、そして、メリーゴーランドの死角となっていた受付小屋の背後へと回り込んだ。


 そして、そこにあったものにオレンジは思わず息を飲む。受付小屋の背後に立っていたのは、この屋敷に存在する百九個目の置き時計。そして、オレンジの視線が置き時計の針部分へと向けられる。時計の針はローマ数字のⅦを指差し、その状態のまま固まっていた。現在時刻はおそらく午後一時くらい。それはまさに自分の目の前に置かれた置き時計の時刻が確実に間違っていることを意味していた。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 悲鳴が地下室内に響き渡る中で、オレンジはその場に倒れ込み、そのまま失神してしまった。

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