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狭い部屋の中を歩き回るダチョウをじっと見つめた後で、カナリアは音を立てずにそっと扉を閉める。それから、少し離れた場所からこちらを見守っていたオレンジを手招きし、この部屋の中を覗いてみるように促した。オレンジは不審に思いながらも、カナリアに促されるまま扉を開け、部屋の中を覗いてみる。それから部屋の中にシエナがいないこと、その代わりに部屋の中駆け回るダチョウの姿を確認した後で、オレンジはカナリアと同じようにそっと扉を閉めた。
「10分だけ様子を見てみよっか」
オレンジの言葉にカナリアも頷き、それから二人はソファに戻ってくつろぎ出す。そして、十分ほどそうやってだらだらした後で、二人はもう一度暗室の扉の前へ戻ってくる。それからお互いに目を合わせ、頷き合った後で、オレンジとカナリアは一緒に扉をゆっくりと開けていく。そして、十分前と同じようにダチョウが部屋の中を駆け回っていることを確認し、それからもう一度扉を閉めた。
「どうしようオレンジ」
カナリアがオレンジの顔を見上げながら言った。
「心配のしすぎで……シエナがダチョウになっちゃった!」
オレンジは背を屈め、カナリアと同じ顔の高さまで自分の顔を下げる。それから姪の両頬を両手で包み込みながら、諭すような口調で語りかける。
「いい、カナリア。人はね、たまには人間をやめたくなる時だってあるの。上等動物なんてクソみたいな言葉があるけどさ、他の動物の方がずっと理性的で、ああなりたいって思うことが多いからね。シエナも人間でいるのに疲れちゃって鳥になりたい気分なのかもしれない」
「なんで! なんでダチョウなの!?」
「ダチョウの脳みそはね、目玉よりも小さいの。あれだけ脳みそが小さかったら、心配すること自体がキャパオーバーでできなくなるからね」
カナリアはオレンジの説明に納得し、狭い部屋の中を駆け回るダチョウへと再び視線を移す。ダチョウは自分が狭い暗室にいるという事実すらわからず、走っては壁にぶつかり、また違う方向へ走っては壁にぶつかるということを繰り返していた。そして、一際激しい音を立てて壁にぶつかったタイミングでダチョウとなったシエナは甲高い鳴き声をあげる。それからまるで今から飛び立とうとしているかのように両翼を激しく羽ばたかせ、オレンジとカナリアが立っている部屋の扉へと向かってくる。
ダチョウは車と同じくらいのスピードで走ることはできるという知識がオレンジの頭をかすめた。ダチョウが叫び、羽が薄暗い暗室の中で舞い散った。オレンジは扉の前で呆然と立っていたカナリアを抱き寄せて、そのまま扉の影へと勢いよく倒れ込む。すれ違うようにダチョウが部屋の中から飛び出してきて、疾風がオレンジたちを包み込む。ダチョウは書斎の本棚に数回ぶつかりながら、部屋の外へと出て、それから姿が見えなくなる。ダチョウの足音はゆっくりと遠ざかっていき、書斎の舞い上がっていた一枚の羽がカナリアの小さな右肩にふわりと乗っかった。
「ねえオレンジ、私決めたわ」
「決めたって何をよ」
「ママとスプルース男爵の結婚は絶対に認めない」
「どうして?」
「『どうして?』ってどうして? 特に意味はないわ。ただ、今この瞬間にそう思っただけ」
カナリアは肩に乗った羽根を左手で払う。屋敷のどこかから、ダチョウとすれ違ったであろうメイドたちの叫び声が聞こえてきた。




