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 オレンジは寝付くことができず、薄目を開けて暗い部屋の輪郭を目でなぞっていた。静かな部屋の中では、オレンジの右目に埋め込まれた時計の針の音が響いていた。以前は気になることもなくなったこの時計の音が、成長するにつれて少しずつ少しずつ音が大きくなっていき、静かな夜の眠りを妨げていた。カチコチ、と自分の右目の中で秒針が進み、1分おきに分針の音が鳴る。


 オレンジは寝返りを打ってみたが、それでも時計の音は聞こえてくる。こんな眠れない夜は、頭の中に考えたくもないことばかりが思い浮かんでくる。少し前まではお勉強のことだったり、将来のことだったり、そんな他愛もないことだった。しかし、今のオレンジの頭に思い浮かぶのは、オリーブのこと。花火大会の日。打ち上げ花火の光によって美しく浮かび上がったオリーブの首吊りの光景は、オレンジの頭の中にべっとりとこべりついていた。


 オレンジは自分の身体から妙な汗が湧き出てくるのを感じた。そして、たまらなくなってそのままベッドから起き上がる。部屋の中は暗かったが、それでも部屋の照明をつけようとは思えなかった。素足のまま床におり、そのまま夜風を浴びようと窓際に近づき、窓を開けた。


 冷たい風がオレンジの髪をなで、月明かりが白く透き通った彼女の手を照らす。オレンジは目を閉じ、全身で夜を浴びた。それからゆっくりと目を開け、無意識のうちに裏手にある林の方向へと目を向けた。その方向はいつもティールが自分に会いにやってくる方向だった。いつもは無下な対応をとっているにもかかわらず都合の良い時はやってきて欲しいという自分の身勝手さに、オレンジは自分で自分が嫌になってくる。それでもベッドに戻って再び眠ろうとするのではなく、オレンジはただ林の方を見つめながらじっと待ち続けた。右目の時計が夜風に吹かれ、擦れ合う木の葉とともに音を立てる。数十分ほどティールを待ち続けた後で、ようやく諦め、窓をしめてベッドの方へと戻った。


 それでも窓を閉め切り、暗い部屋に閉じ込められると、孤独感とそれを掻き立てるような時計の音がオレンジに襲いかかる。昔であればオリーブの部屋に行って孤独を紛らわすことができた。シエナの部屋へと行こうかと思ったが、彼女はもうすぐ生まれてくる子供のことで頭がいっぱいで、変な心配をかけたくなかった。オレンジは一人ベッドの縁に腰掛けたまま、じっと耳を澄ませる。時計の針の音がどんどん大きくなっていき、オレンジの頭をガンガンと上下に揺さぶっていくような感覚がした。


 頭痛がする。長く続く不眠のせいで、身体全体が重い。そして、心は喜びで満ち足りているとは到底言えなかった。オレンジはフラフラとした足取りで鏡台の前に立つ。暗闇になれた目で鏡に写った自分を、そして自分の右目に埋め込まれた時計をじっと見つめた。金色の文様が彫られた文字盤。小刻みに動く針の裏側に覗く歯車。オレンジはじっと右目に埋め込まれた時計を見つめ続けた。物心がついたときにはすでにそこにあった自分の身体の一部が、まるで今は自分とは全く異質の物体が間違ってそこにくっつけられたような、そんな違和感を覚えざるを得なかった。


 オレンジはふと手元へ視線を落とし、鏡台の上に置かれた銀のスプーンに目に止まった。オレンジはそれを手に取り、自分の目の前にかざした。暗闇の中のわずかな明かりを吸収して、その背面に自分の姿が変形して映っている。オレンジは小さく息を吸い込んだ。時計の針の音が、心臓の鼓動に合わせて早くなっていく。


 オレンジはスプーンの先端をそっと自分の右目へ近づけていく。そして、ゆっくりと時計とまぶたの間に潜り込ませていく。痛いという感覚は全くなかった。ただスプーンに触れたまぶたの部分から、金属特有の凜とした冷たさが伝わってくるだけ。オレンジの手の動きに合わせて、スプーンの先端はオレンジの眼球を覆うように奥へ奥へと進んでいく。そして、十分な深さまで届くと、オレンジは手を止め、もう一度深く息を吸った。


 何かを察したかのように時計の針の音が大きくなり、内部の歯車が回る音すら聞こえてくる。それでもオレンジの意志が変わることはなかった。オレンジは唇を噛み締める。そして、そのままスプーンを握った手にを力を入れ、そのまま勢いよく、右目に埋め込まれた時計を自分の眼球ごと抉り出した。


 そして、その瞬間。オレンジの右目の時計の針、それから、屋敷に存在する百八個の時計の針が、止まった。

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