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「ずっとこの屋敷に住んでるけど、こんな部屋があるなんて知らなかったわ」
突然現れた秘密の扉を前にシエナが首を傾げ、三人はお互いに顔を見合わせる。オレンジがそっと扉の取手に手をかけ、真上へ引っ張ってみる。鍵はかかっておらず、扉は空気が抜ける音を発しながらあっけなく開いた。扉を開けた先は金属製の梯子があり、床下の空間へと続いているようだった。ちょっと待っててとシエナがオレンジとオリーブに伝え、そのまま書斎を出ていく。しばらくすると、シエナが懐中電灯を数本持って返ってきた。
「スプルース男爵の時みたいに食べられちゃったりしないでしょうね?」
その言葉にオリーブが記憶がフラッシュバックしたのか、そのまま目を押さえたままふらふらと壁に寄りかかる。私とオレンジで行くから、あなたはここで待っていてとシエナがオリーブに話しかけ、そのまま二人は床下に隠された秘密の部屋へと降りていった。
どれだけ深くつづいているかわからない梯子を、シエナたちは懐中電灯で足元を照らしながら一段一段ゆっくりと降りていく。どこまでも続くように思えた梯子は意外と短く、人二人分の高さを降り切ると、床に足をつけることができた。部屋の中はカビ臭かったが、不思議と湿気はない。わずかに空気の流れのようなものを感じることができて、どこか外とつながっているのかもしれないと、シエナが懐中電灯で周囲を照らした。すると、壁際に窓らしき外枠が見つかり、シエナは旧式の錠を外して窓を開けた。部屋の高さにしてはかなり大きめの窓は外側に開き、昼の日差しで部屋の中が一気に明るくなる。
地下室の中はこじんまりとした個室だった。壁には上の部屋と同じように書籍で隙間なく埋められた本棚が並んでいて、窓の近くには旧式の寝台が置かれている。本棚の近くには子供が使うような勉強机があって、その上には劣化した用紙が数枚と、同じく劣化した日記帳があるだけだった。
「これって大叔母さまの部屋なんじゃないかしら?」
シエナが机の上に積もった埃を手で拭いながら呟いた。開けた窓から見える屋敷の中庭から顔を外し、オレンジがシエナの方へと振り返る。
「この屋敷にはもっと広くい部屋が余りまくってるのよ。なんで好き好んでこんな地下牢みたいな部屋に使おうと思うわけ? こんな狭くて暗い部屋に閉じ込められるくらいだったら、舌を噛み切って死んだ方がマシだわ」
「まあ、変わり者だって言われてるし。こういう秘密基地的な場所が好きだったんじゃないかしら。それに……ほら見てよ、これって大叔母様が書いた日記じゃない?」
シエナが日記帳を開き、オレンジを手招きする。オレンジが近づいて二人で中身を確認してみると、達者な筆記体でその日の出来事みたいなものが書かれているようだった。しかし、オレンジがその日記をめくろうとしたそのタイミングで、上の書斎からオリーブが今にも泣き出しそうな声で二人を呼ぶ声が聞こえてくる。
「とりあえずオリーブが心配してるから上に戻りましょう。日記を読むのは後からでもできるし」
そう言いながらシエナがオレンジに日記を手渡し、表面に積もっていた埃が舞い上がる。さりげなく自分が日記を読む担当を押し付けられたことに不満を感じながらも、オレンジは人の書いた日記を読むのは少し面白そうだと思ったのでぐっと言葉を飲み込んだ。シエナは部屋の窓を閉め、降りる時に使った梯子を上り始める。
オレンジもそれに続き、梯子に手をかけた。しかし、ふと視線を右へと向け、壁際に設置されていたあるものに気がつく。何だろうとじっと見つめ、それからそれが何であるのかを理解し、思わず眉を顰める。それでも、上の部屋からオリーブが呼ぶ声が聞こえてきて、オレンジはため息まじりに梯子を上り始めた。
オレンジが部屋を出る前に見つけたもの。隠し部屋の壁に取り付けられていたそれは、牢屋でしかお目にかかることのないような、鉄製の錆びた鎖だった。




