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 シエナはオーク材でできた椅子の木目を数えていた。一つ一つ指を差して確認し、決して見落としをしないように最新の注意を払いながら。


 時折疲れたシエナは身体を伸ばし、小さくため息をつく。アルメラルラ家の三姉妹に残された財産はこの屋敷で暮らしていけるだけの十分な資産ではあったが、労働を尊ぶ両親の影響でシエナは働くことに意義を見出していた。だからシエナは働くことが嫌いではなかったし、意味のない仕事などないという信念を持っていたため、自分の仕事内容についても特に疑問を抱くことはなかった。そのままシエナは作業を黙々と続け、一通り木目を数え終わった後で、倒れ込むように椅子へ腰掛けた。


 今日の作業としてはこれで終わり。そう思って、メイドを誘ってお茶でもしようと立ち上がろうとしたその時、開いていた部屋の窓から一機の紙飛行機が入ってくる。紙飛行機は上空をくるくると旋回した後で、部屋の壁にぶつかって真っ逆さまに床に落っこちた。シエナは紙飛行機に駆け寄り、それを破かぬようにそっと解いていく。すると、その紙飛行機は少し早めに届けられた夕刊であり、同じように広告欄にはシエナに対する労働内容が記載されてていた。


『占え』


 最近はあまりなかった残業だが、それでもシエナは労働の喜びを噛み締め、占いの準備を進める。タロットカードを引き出しから取り出し、繻子のカーテンを閉めて部屋を暗くする。ほんのりと暗い照明をつけ、その下に椅子と机を持っていく、そこに座る。


 シエナはふうっと呼吸を落ち着けて、そこではたと立ち止まる。占えと言われても、何を占えば良いのかわからない。しかし、目的や具体的な指示がないことは今に始まったことではない。シエナはそう納得し、意味もなくタロットカードをシャッフルし始める。すると、テーブルの上に置いていた携帯が震え出し、着信を告げる。仕事中に誰からだろうと思いつつ、シエナはタロットカードを机の上に置き、携帯に出た。


「お久しぶりです。工場長です」


 携帯越しにボソボソとした口調でそう聞こえてくる。シエナは一瞬、自分の知り合いに工場長なんていたかしらと思ったが、すぐに先日夢の中で出会った人物だということを思い出した。仕事中なんでかけ直してもらっていいですかとシエナが告げると、工場長はシエナさんのお仕事に関係することなのでと返事を返す。


「私はですね、工場長であると同時に占い師でもあるんです。だから、お役に立てると思って」

「占い師のついでに工場を経営しているということですか?」

「いいえ、違います。工場長が本業で占い師が副業なんです。今の時代、工場だけでは食べていけないんでね。何はともあれ、タロットカード占いをやってみましょう」


 シエナは半信半疑になりながらも、一人で占いをできるだけの知識は持ち合わせていなかったので、工場長の提案をありがたく受け取ることにした。席に座り、シエナはタロットカードの山札の上からカードを一枚手に取り、机の上でひっくり返す。最初に引き当てたカードは星のマークが散りばめられたカードだった。


「それは金銭的な成功を暗示するカードです。おめでとうございます。シエナ様はご両親から受け継いだ財産で莫大な不労所得を得ておられますが、それが今後も続いていくことでしょう。新聞広告で指示されるようなこんなケチくさい仕事すらしなくていいくらいですよ」

「でも……働くことは尊いことですわ」

「それは資本家が生み出したお為ごかしですよ。汗水かいて働くよりも、すでにある莫大な資産をこねくり回した方がずっとたくさんお金を生み出せるのです。最近の経済学ではそんなの常識ですよ」


 それからシエナは次々とタロットカードを引き、その都度工場長にカードの意味を聞く。明日の天気だったり、テレビドラマの展開であったり、様々な占いを続けていく。そして、工場長から次で最後ですとシエナに伝える。シエナは頷き、山札から最後の一枚を一枚取り出した。シエナが引き当てたカードは死神のカード。シエナがそのカードを工場長に説明し、これはどういう意味かと尋ねる。


「誰かが死にます」

「え?」

「シエナさんがお住まいになられている屋敷で誰かが死にます。それも近いうちに」

「またまたぁ」


 外で強い風が吹き、部屋の窓をガタガタと鳴らす。つい先ほどまでは晴天だった空はいつの間にか薄い雲に覆われていて、景色全体がうっすらと暗くなっていた。工場長が失礼と言って、小さく咳き込む。ゴホゴホっという乾いた音が、彼女が握る携帯電話のスピーカーから聞こえてくる。所詮は占いですから。工場長がいつもの陰気くさい口調で言葉を続けた。シエナはそうですねと返事をしながら、タロットカードを片付け始める。工場長との電話はいつの間にか切れていて、ツーツーという無機質な電子音が聞こえてくるだけ。きっとまた夢の中で見た工場へと帰っていたんだわ。シエナはそう結論付ける。


 そして、その瞬間だった。何かがシエナの背中をそっとなぞったような感覚がした。シエナは身体をぶるりと震わせ、そして、部屋の中を見渡す。しかし、もちろん部屋の中にはシエナしかおらず、そっと耳を澄ませても物音ひとつ聞こえなかった。何かが私に大事なことを告げようとしているんだわ。アルメラルラ家の血に流れる脅威的な直感力がそう告げている。


 シエナが握りしめた携帯が再び震えだした。誰かからの着信。見知らぬ番号。それでもシエナは手に取り、恐る恐る携帯を耳に当てた。耳から聞こえてくるのは電子的な信号音。短い音と、長い音が不規則に流れ、そして、長めの余白を挟み、再び全く同じ電子音が鳴り始める。シエナはじっとその音に集中し、しばらくしてそれがモールス信号であることに気がついた。シエナはメモとペンを取り、じっと耳を澄ませた。そして、座ることを忘れたまま、モールス信号を伝えてくる言葉を書き取っていく。


『N』『I』『N』『S』『H』『I』『N』『N』『O』『M』『E』『D』『E』『T』『O』『U』


 妊娠おめでとう。シエナは震える手でメモに記したアルファベットをなぞり、そのままゆっくりと自分の下腹部にそっと手を当てる。そして、自分のお腹の中に確かな生命の息吹を感じ取った瞬間、シエナは衝撃のあまりその場でくずれ落ちるのだった。

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