第三十六エロその2
死の世界に夜はこない。
朝もこない。
朝、昼、晩という概念がないのかもしれない。
ずっと夕焼けのようなオレンジ色の空をしている。
『夕暮れか……あの時と一緒だな』
そんなことをもふともが考えていると、背後からヌルヌルがやって来る気配がする。
昔からそうだった。もふともはどこにいてもヌルヌルが近くに来るとなぜか分かった。
「相変わらずだな」
声をかける前に振り向いたもふともを見て、ヌルヌルが微笑む。
「ここが死の国だって言ってたよね?」
いつもとは違う話し方でもふともが話す。
「あぁ。死の世界の死の国という場所だよ。どのくらい広いのかは分からないしデスキングに会ったから何ができるというわけでもないけれど」
「私は別に――」
「もふとも」
何かを言おうとするもふともの言葉をヌルヌルが遮る。
いつもそうだ。
もふともが言い辛そうな言葉を言いだそうとすると、その言葉をヌルヌルは言わせない。
もふともがヌルヌルの気配が分かるのだとしたら、ヌルヌルはもふともの言おうとしていることが分かる。
それほどまでに2人の距離は近く、信頼感があり、良き理解者だった。
「俺たちが離れてから――いや、俺が死んでからどれくらいが経ったんだろうな」
「そうだねー。結構経ったよね」
顎に人差し指を当てて何かを考える仕草をしながらもふともが答える。
これまた普段のもふともとは違う仕草だったが、ヌルヌルにとってはいつものもふとものようだ。
「変わらないなもふとも。今の仲間の前では別人のようなキャラだが?」
「ヌルヌルが死んでから、私はどうすればいいのか分からずにいたんだよね。死んだ男のことを忘れた方がいいと言って言い寄って来る男がわんさかいたよ。いちいち断るのもめんどくさくてさ、あんなキャラになってたらそれが定着しちゃったんだよねー」
私にはヌルヌルしかいなかったしね。とボソリと付け足した。
「今は充実してるように見えたけど?」
自分しかいない。という言葉を聞いて意外だと感じてヌルヌルが言う。
「んー」
再び顎に人差し指を当てながらもふともが少し考える。
「確かに今は充実してるんだと思う。ヌルヌルが死んでから色々あって女1人で生きて行くために身に着けたスキルが盗みの技術なんだけどさ、今はそのスキルがほとんど必要ない。でも1人でいた頃よりは笑顔も増えたし仲間には感謝してる。でもヌルヌルに再開したら忘れてた感情が爆発したっていうか……」
ポトリ。
もふともの目から一粒の雫が垂れ落ちる。
「なんでこんな時に?」
押し止めていた感情が溢れる。
「やっと前を向けると思ってたのに……もう一度会ってしまったらもう進めないよ……私はもう……」
ここから先は言葉にならなかった。
もふともは崩れ落ち、ヌルヌルは傍でもふともの肩に手を置いて泣き止むのを待った。
数分が経つともふともは落ち着きをとりもどした。
「これからの話をしよう」
もふともが落ち着いたのを確認してヌルヌルが再び口を開いた。
「私の正直な気持ちを言ってもいい?」
もふともが上目遣いで小首を傾げる。
ドキン――
ヌルヌルの心臓が跳ねる。
離れてから何年も経っているはずなのに……
「私はずっとここに居たい。ヌルヌルと共に……」
ヌルヌルは久しぶりの感情に気持ちが揺らぎそうになる。
「俺は――」
俺だって同じ気持ち。
そう言えたらどれだけ楽か。
しかしここは死の国。
死者だけの国。
生きた者が本来居られる場所ではない。
「反対だ」
自分の気持ちを抑えて理にかなった答えをヌルヌルが言う。
「分かってるよ。自分が言っていることがおかしなことだってことくらい。でもね……」
もふともはここで言葉を切る。
顔を伏せて、目を拭うような仕草をしてから真っ直ぐにヌルヌルを見つめる。
「理屈じゃないんだよ」
もふともがヌルヌルに詰め寄る。
「私は!」
ヌルヌルの両手を取りながら更に詰め寄る。
「ヌルヌルと一緒に居るためなら命すら惜しくない!」
とどめの一言だった。
辺りを静寂が包んだ。
「……わかった……君の意見を尊重しよう……」
もふともの覚悟を知って、ヌルヌルにはこう言う他なかった。