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彼女の続き  作者: 鮎彦
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君は島の小学校を卒業することになった。

 君は島の小学校を卒業することになった。卒業生が一人しかいないごく短い卒業式を終えると、君はすぐに引っ越しの準備に取り掛からねばならなかった。島には中学校が無いので君は海を挟んだ対岸にある街で下宿暮らしをしながら学校に通うことになるのだ。下宿先は島の出身者が大家をしているというアパートに決まった。大家が島の出身者なら中学生になったばかりで一人暮らしをする君にとって心強いだろうという両親の気遣いだったが、引っ越し当日に高齢の大家の代わりだといって顔を見せた大家の娘はこれまで一度も島に行ったことが無いというような人で、君に対する態度もごく冷淡なものだった。下宿には君以外に島出身の生徒は入居しておらず頼りになる先輩もいない。君は島からもってきた大量の本――小学校卒業までに読み切れなかった祖父の蔵書――に囲まれながら心細い一人暮らしを開始した。やがて引っ越し後のバタバタが落ち着く間もなく中学校の授業期間が始まった。そこで君はさっそくつまづいた。友人ができなかったのだ。小学生の頃、君には同級生なんてものがいたことが無かった。だからクラスメイト達とどう付き合ったらいいのか、君にはさっぱり分からなかったのだ。同年輩の生徒たちとどのようなことを話したらよくて、どのようなことは話したらダメなのか。見当もつかない君は()()()()沈黙した。向こうから話しかけられても何にも答えることができなかった。そんな調子だったから君はすぐに教室で孤立することになった。部活でも状況はあまり変わらなかった。学校の決まりで生徒は必ずどこかしらの部活に入らなければならなかったから、君は文芸部に入部した。部員は5、6人いてほとんどが読書好きだったので、君もはじめは部活でなら本好き同士会話が弾むのではないかと期待していた。しかし不幸なことに、みんなの好みのジャンルがバラバラだったのだ。君は祖父の好みを引き継いで文学好きだったが、他の部員はファンタジーしか読まない、推理小説しか読まない、イラストが付いていない小説は生理的に受け付けない、といった具合でまったく話が合わない。おまけに顧問の先生は詩歌が専門、先生が無理やり連れてきた晴海圭太という男子生徒は本を読まない幽霊部員だったので見事に全員がバラバラだった。自然、部活の時間も各々が勝手気ままに本を読むだけになりがちだった。君は教室と同じく、部室でもほとんど言葉を発しなかった。そんなこんなでクラスにも部活にも居場所が無い君は気づけば空いた時間に本ばかり読むようになった。これでは島にいたときと何も変わらない。君なりに淡い期待を寄せないでも無かった新生活は、こうして早くも暗礁に乗り上げたのだった。島を出てからというもの周りの状況は目まぐるしく変転した。君はその変化に翻弄され打ちのめされていた。僕はそんな君のそばに居続けた。僕らの関係は島にいたときとほとんど変わらなかった。だから君は僕といるとき、一番気持ちが落ち着くのだった。ひとつだけ、僕らの間に生まれた変化があった。君が僕によく話しかけるようになったのだ。島にいたときは僕らが口をきくことなんて無かったのにだ。話題は読んだ本のことや読書中に思いついた空想夢想についてだ。学校のことは話さなかった。そんなことを僕に話したって何にもならないことを君は知っていたのだ。君の中学校生活は低調な精神状態を伴いながらだらだらと続いていった。喜びも無ければ大きな悲しみも無い。透明な毎日がただ延々と続いていく。だがそんな日々の中に突然、あの事件が降って湧いたのだ。学校帰りに寄った駅前の書店で起こったあの出来事。君はあの時目にしたことをいずれ話さなければならないだろう。でも君はそのことをあまり思い出したく無い。君にとって、それを意味づけして飲み下すことはとても困難なことなのだった。だから今はまだそれについて触れるのはよすことにしよう。代わりに、まずは君の身体に起こった変化のことを話そう。爆発の後、君の身体に次々と訪れ、その度にあの事件が白昼夢などでは無く実際に起こったことだと思い知らせることになる変化のことを。

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