インスタント恋人3人目
「イメージも……まだしてないのに……っ!」
もくもくと立ち込める煙の中に人影が立っていた。そのシルエットから間違いなく女性ではあるようだった。名前は決めてなかったので御空ひかり確定だが、一体どんな恋人が現れたのか?
煙の中から彼女は現れ、俺のことを呼んだ。
「にーちゃん」
俺の3つ下の妹、竹田みる子がそこに立っていた。
「みる子!」
「うんにゃ、あたしは御空ひかり」
「お前も未来にタイムワープして来たのか!?」
「うんにゃ、あたしはインスタント恋人」
見た目はどう見ても妹の竹田みる子だが、それは即席で俺の恋人として間違って作ってしまったニセモノなのだった。
パスワードを刻む時に妹のことを考えてしまったのだろうか?
「妹さんですかぁ?」ひかり(恋人)が目をキラキラさせてひかり(妹)に挨拶した。「初めましてぇ。あたし、ゆうじさんの恋人で御空ひかりって言います」
「あたしも恋人だし、あたしも御空ひかり」妹も挨拶を返した。「死ねや、ペラッペラのドブス」
おいおい、実の妹を恋人になんて出来るわけがないじゃないか。どう見てもお前のほうがブスだし。
なんてことだ。2つも要らないものを作ってしまった。
俺はすぐに3つ目のインスタント恋人のタマゴを手に取った。パスワードはメモしてある。
しかし俺は手を止めた。要らないものを片付けるのが先だ。妹はさすがに人として殺せないが、ペラペラの紙みたいなこの人にあらざるものなら……
俺の殺気を感じ取ったのか、ひかり(恋人)はぴくんと身体を揺らし、悲しそうな、すまなさそうな目で俺を見つめた。
「殺そう、お兄ちゃん」妹が言った。「あたしも手伝う」
「いや……」俺は言った。「やっぱりやめよう」
「なぜに?」妹が憤慨したように言った。
「3人目を作るのもやめだ」
「ゆうじさん……?」ひかり(恋人)は期待を込めて俺を見つめた。
なぜだろう。そんな気持ちになったのだった。俺はその芽生えたばかりの気持ちを、ひかり(恋人)に伝えた。
「やっぱりお前を俺の恋人にする。お前を愛せるようになるよう、頑張るよ」
「頑張らなくていいです」ひかり(恋人)は目から涙を流し、微笑んだ。「私が頑張りますから」
「女性蔑視の匂いがするわ」妹があからさまな嫌悪を顔に浮かべ、言った。「訴えてやる」
そして妹はそう言い残すと、どこかへ出て行ったのだった。
かわいそうになったのだろうか? 俺ともあろう者が?
何と言うか、新しい自転車を買ったら思ってたのと違ったけど買ってしまったからには嫌気がさすまでは自分のものとして仕方なく面倒を見てやらないといけないな、そんな気持ちだった。
軽蔑してもらっても構わない。俺はこいつを気に入らなかったのだ。こいつは失敗作だ。しかしこいつを作ったのは俺だ。作ってしまった以上、責任は取ろうと思う。
きちんとしてるだろう?
老婆が後ろから俺の頭を殴った。そして、怒ったような声で言った。
「出てお行き」
何が老婆を怒らせたのかわからなかった。俺は町に放り出されると、俺は途方に暮れた。
「おい」ライバルの御空ひかり(男)が声を掛けて来た。白い馬に乗っていた。「俺ん家に来い」
「嫌だね」
「どうしてだ」
「だって知らない人について行っちゃダメだって、ママが……」
俺は行く宛もなく港に足を運んだ。空はまだ明るいが気分は暗かった。帰る家がないというのがこんなにも不安になるものだとは……。
「ゆうじさん」ひかり(恋人)が言った。「家を建てましょう」
「家を?」俺は彼女の顔を見た。
「はい! 私は別にゴミ箱の中でもいいですけど、ゆうじさんには住むところがいります。インスタントホーム、建てましょう」
「いや、建てるんだったらお前も一緒に住めよ」
「いいんですか!?」ひかり(恋人)は目を輝かせた。
「しょーがねーだろ。お前、雨に濡れただけで溶けて死んじゃいそうだし」
「だからゆうじさん、好きなんです」彼女は俺の目を覗き込む勢いで接近して来た。「好き……好き!」
いや、騙されるな、俺。こいつは人間じゃないんだ、インスタント恋人だ。手っ取り早く俺のことを好きになるように出来ているのだ。作り物なのだ。見ろ! こいつ、口を開けたら、口の中に向こうの景色が見えてんぞ。騙されるな。そう思いながら、俺の顔は緩んでいた。
その時、陸のほうから一陣の強風が吹いた。
ひかり(恋人)のペラペラの身体が、風に舞い上がった。
「ゆ、ゆうじさん……」
「あーーっ!? ひかりーーっ!?」
彼女はあっという間に海の上へ、空の彼方へ飛んで行ってしまった。