インスタント恋人2人目
俺は町中を駆けずり回ってインスタント恋人を10個買い集め、家に戻って来た。家といってももちろん最初の老婆の家だ。老婆が留守なのをいいことに、俺は片っ端からタマゴを美女に爆発させることにした。
いや待てよ? そんなことをしたらせっかくカレーを食わせてくれた恩人の家を吹き飛ばすことになってしまう。
それよりもだ、それ以上に大事なことがあった。タマゴを恋人に展開するパスワードを忘れてしまったのだ。そりゃあんな複雑なパスワード、一度聞いただけで覚えられるわけがない。
「ひかりはパスワードを知らないのか?」
俺はペラペラの紙みたいで頭部の巨大な俺の恋人、御空ひかりに聞いてみた。
ひかりはいったんもめんみたいな気持ち悪い動きで首をぶんぶん横に振ると、すねたように言った。
「知らないし、知ってても教えないモン!」
「そうだ。インターネットで調べよう」
俺は老婆の家を勝手に捜索し、パソコンを探したが、そんなものはなかった。というよりこの家、簡素な銀色のプラスチックテーブルと椅子しかねぇ。
仕方ない、老婆が帰って来るのを待とう。そう思っていると、テーブルの上に置いた10個のインスタント恋人のタマゴが全部、カタカタと音を立てて揺れはじめた。
「え……。これって……まさか……」
カタカタカタ……。
「爆発ーー!?」
しなかった。
地震だった。
いや、それも違った。地鳴りだ。地響きだ!
表に出ると凄まじい黒い牛の群れが駆けていた。その一頭の背に乗った男が、俺に声を掛けて来た。
「よう、竹田ゆうじ」
「誰だ!?」
「俺はお前のインスタントライバルだ」
「インスタントライバル!?」
「名前はお前が勝手につけろ」
「いや、お前なんか知らんし」
「これから育つんだよ。名前をつけてください」
「じゃあ、ああああ、で」
「テキトーにつけるな」
「じゃあ、S○X」
「中学生か」
「じゃあ、御空ひかり」
「それで決まりだ」
「まじで!?」
どうやら未来の日本ではテキトーに名前をつけたりつけるべき名前を忘れたりすると自動で名前が御空ひかりになるようだ。2人目のインスタント恋人を展開する時は気をつけよう、予めしっかりと名前をつけておこう、と俺は思った。
「ところでライバルが俺に何の用だ?」
俺が聞くと、御空ひかり(男)はにっこりと笑い、言った。
「なんにも?」
その頃、御空ひかり(恋人)は、俺のために町中を駆け回っていた。インスタントネットカフェを遂に探し当てると、テキトーに店員の目を盗み、忍び込んだ。
インスタントパソコンを起動させると、俺のためにインスタント恋人の展開の仕方を検索してくれた。
「ゆうじさんに好かれるためなら何でもする!」
その巨大な昆虫のような目はキラキラする光と炎を同時に浮かべていた。
「ゆうじさん! ゆうじさゎーん!」
ひかり(恋人)が手を振りながら戻って来た時、俺は帰宅していた老婆の手解きでインスタント恋人を孵化させようとしているところだった。
「もうっ! 何してるのよ!」ひかり(恋人)は老婆を押しのけると、俺の背中にぴったりとくっついた。「あたしが教えるんだから!」
後ろから甘く可愛い声が俺の耳をくすぐった。思わず振り向いてその顔を見て、その身体を確認して、後悔した。確かに可愛いが、こうペラペラなのでは抱き枕にもなりゃしねぇ。
「ねぇ」俺は老婆に聞いた。「コイツ、削除できない?」
「削除は無理だね」老婆が言った。「殺せば消えるけど」
「あたし、ゆうじさんのお役に立ちます!」ひかり(恋人)は目に大粒の涙を溜めながら、それをこぼさないように強い声で言った。「だから、愛して!」
俺の手がひかり(恋人)の手解きでタマゴにパスワードを刻み、もにょもにょとクロスを切った。
「あ。ちょっと待て!」俺は慌てて言った。
「大丈夫! 爆発はさせない! 万が一爆発しても……あたしが守るから!」
「いや、そうじゃなくて」
俺が言葉を言い終えるより早く、タマゴがキラキラと輝き出した。今度は爆発しなかった。殻が弾けて割れ、光の中から2人目のインスタント恋人が出現した。俺は叫んだ。
「まだ……名前……決めてない!」