1.時忘れの魔法使い
シリーズもので上げましたが気まぐれに書いた短編なので他のお話を書くかはわかりません。
他のシリーズ同様先行き未定の物語です。
『時忘れの魔法使い』
それは昔から伝わるおとぎ話のような存在
年を取らず、永遠に近い時を生きるという伝説の存在
少年の姿のまま時を過ごし、いつしか『最強の剣士』と呼ばれるまでになったという
『最強の剣士』がなぜ魔法使いなのか?
それは彼だけが使える『時の魔法』ゆえに
少年の姿のまま永遠を生きるのは彼の持つ『時の魔法』の力ゆえに
永遠の若さと命を求めていつの時代も時の権力者は彼を探し求める
彼だけの『時の魔法』の秘密を探ろうと魔法使いたちも彼を探す
『最強の剣士』の称号を得るために、または単純に『最強』の称号を望んで数多の剣士や腕に覚えのある者たちも彼を見つけようとあらゆる手を尽くす
黒い髪をした、12、3歳の姿の少年。手には愛用の東方の剣士が好んで使うという『刀』を持つ。
目立つ姿なのに誰も彼を見つけられないのは存在しないからだと言われる。
ただ、彼を知るという者たちはこう語る
『彼は特別ではない。普通に傷つき、倒れもする普通の人間だ。たとえ目の前にいたとしても誰も気に留めることは無いだろう。せいぜい子供が真似をして遊んでいるだけだと。だから誰も気づかないのだと』
ある森の中で一人の背の高い女戦士が自分の背よりも大きな盾を構えてオークの攻撃を防いでいる。
オークは一匹ではなく三匹のオークが力任せに棍棒を女戦士の大楯に叩きつけていた。
彼女はギルドからの依頼でゴブリンの討伐のため森に入った。
本来なら仲間たちとパーティを組んで討伐に向かうものだが彼女は単独で森に入った。
腕には自信があるのだが彼女が女の大楯使いという事でどのパーティもその実力を疑問視したのだ。
中には嫌らしい目つきで舐めるようにこちらを見ながら『パーティに入れてやってもいいぜ』などという男たちもいた。
そんな男たちのパーティに入ればモンスターよりも仲間たちを警戒しなければならないだろう。
結局、まだ実績もない彼女を受け入れてくれるパーティはなく、仕方なく実績つくりのためにゴブリン退治を引き受けたのだが誤算があった。
ゴブリンだけではなくオークまでもが共に行動していたのだ。
ゴブリン数匹くらいであれば一人でもなんとか出来たと思うがオーク三匹まで引き連れていては分が悪い。
結果的にゴブリンに逃げ道を塞がれ、一人でオーク三匹と戦う羽目になったのだった。
「くっ、一撃が重い!」
攻撃は単調だから防ぐことは難しくない。しかし一撃が重くてこちらも反撃に打って出る事が出来ないでいた。
時折こちらの邪魔をするように攻撃を仕掛けてくるゴブリンたちもうるさかった。
オーク達は女が状況不利なのを理解して弄ぶようにじわじわと攻めてくる。
おそらくやつらは女を捕まえた後のお楽しみの事で頭の中が一杯だろう。
横から攻めてきたゴブリンの攻撃をかわし切れず、二の腕を切られてしまう。
力を込めると腕に痛みが走りうまく力が入らない。
(もう、ダメ!)
女戦士の心が絶望に染まりそうなその時、目の前のオークの首が飛んだ!
「え?」
「惚けてんじゃねえよ。気を引き締めろ!」
オークの体が倒れて、目の前に現れたのは一人の少年だった。
手にはわずかに反りのある細身の剣が握られている。東方の戦士が使う『刀』というものだろうか?
新手の登場に残りのオークたちが怒りの雄たけびを上げるが少年は気にすることなくもう一体のオークに切りつける。
「オークは任せろ!お前はゴブリンたちにその大楯を叩きつけろ!」
切られたオークの反撃もわずかな身のこなしで躱して逆に切りつける。
もう一体が襲い掛かるも傷ついたオークを盾にして攻撃を避ける。
少年の身のこなしに感嘆しながら自分にまかされた役目を思い出し、無理せず一匹ずつゴブリンを倒していく。
ゴブリンは新手の登場と頼りのオークがやられていることに混乱状態だった。
その隙に女戦士は確実にゴブリンを倒していく。
少年が最後のオークの喉元を切り裂く。オークは血しぶきとともに地面に倒れた。
この頃には女戦士によってゴブリンはすべて倒されていた。
少年は懐紙を取り出すと刀をぬぐって鞘に納める。
「あ、あの・・・、助けてくれて・・・ありがとう」
「男が女を護るのは当たり前だろ。気にすんな」
まだどこか幼さを残した容貌の少年がまるで大人の男のようにしゃべるので彼女は思わず笑ってしまった。
「何を笑ってやがる・・・。なんだお前?腕をやられたのか?ちょっと見せてみろ」
「大丈夫だよ、これくらい。後で薬塗るから君が気にすることは無いよ」
少年とはいえ肌を間近で見られることに気恥ずかしさを覚えてそう言うと、少年が怒ったように言う。
「消えない傷がついたらどれだけ時間が経とうとも消える事はねぇんだ!女ならもっと自分の体を大事にしろ!」
そう言って少年は女戦士の腕の傷を確認すると手早く傷口を洗い、薬草を押し当て布を巻いた。
少年が布の上から手を当てると不思議なことが起こった。
傷の痛みが急速に無くなっていったのだ!
「薬草の効能を『促進』させた。これで普通よりは治りが早いはずだぜ。跡も残らねぇだろ」
「促進?」
「簡単に言やぁ『効能が聞き始めるまでの時間を早めた』って事だ。とりあえずゴブリンとオークの討伐の証拠を集めようぜ。その後は飯でも食おう」
少年の言葉を聞いても理解までは出来ず、今は少年の言う通り討伐の証である牙などを集めることにした。
討伐の証を集めた後、少年と食事と寝床の準備をする。無理に街まで戻っても帰りに襲われる可能性もあるので今日のところは体力を回復し明日の朝に戻ることにしたのだ。
「そう言えばまだ名乗って無かったわね。私はチェルシー。あなたは?」
「クオンだ」
少年は手際よく薪を集め火をつける。
それを簡単に石で囲み、その石の上に鍋をおいて水を入れ、お湯を沸かす。
「・・・なんだかお湯が沸くのが早くない?」
クオンはそんな言葉を無視して干し肉を切ったものを入れていく。そしてすぐに持ち合わせの野菜のくずも投入する。
「出来たぞ」
そう言ってクオンは器にスープを入れるとチェルシーにそれを手渡す。
「出来たぞって、そんな早く肉が柔らかくなるわけが・・・」
「いいから飲め。冷めると旨くない」
そう言われて仕方なくまだ熱の冷めやらぬスープを一口すくい肉片と一緒に口に含む。すると
「お肉が柔らかい!うそ、なんで?」
「待つのは性に合わないからな。『促進』で時間を早めた」
「また『促進』って・・・。それに時間を早めただなんてそんなことできるわけが・・・」
「俺の魔法は『あらゆるものの時間を早めて促進する』力だからな。まぁこんなことにしか使えねぇ取るに足らないもんだけどな」
「時間を早める・・・魔法・・・」
チェルシーはあるおとぎ話を思い出していた。
永遠に近い時を少年の姿のまま過ごす最強の剣士。その姿は12、3歳の黒髪の少年で、手には東方の戦士が使うという『刀』を持っている・・・
「あなたは・・・『時忘れの魔法使い』?」
「自分でそんな風に言ったことはねぇよ。大体一つしか魔法が使えないのに魔法使いってなんだよって話だ・・・」
クオンはつまらなそうにそう口にした。
二人は食事をしながら話をした。主にチェルシーの質問にクオンが答えるかたちではあったが。
「馬車が一台あるとするだろ。その馬車がもし荷台の重量が変わらずに馬が一頭から二頭になったならその分だけ目的地に着くのは早くなるだろ?
それが『促進』だ」
「だが馬を取られた馬車の方は荷台を押して進むことになるから到着は遅くなる。それが『促進』の代償さ」
「つまりは『俺の時の速さ』を対象に与えることで『対象の時の速さ』を加速する魔法が俺の固有魔法、『促進』であり使えば使うだけ俺の時の速さは遅くなるからいつまでたっても子供のまま。それが時忘れの魔法使いの正体さ」
「周りの連中が年を取る中で俺一人だけが変わらずにいる。だけど不老不死でもないから病気なり致命傷を受ければ普通に死ぬ。寿命で死ぬことだってある。まぁいくつが寿命かわからねぇから当分先かもしれないがな。なんにせよベッドの上じゃあ死ねない運命さ」
「俺が大人に見えるころには生まれたばかりのエルフだって寿命で亡くなってるだろうよ」
「なのに周りの連中は俺が不老不死かなにかだと思ってちょっかいをかけてきやがる。こっちも捕まりたくはないから剣を取って戦い続けたら今度は『最強の剣士』だとか言い出して余計な連中まで増えやがった!めんどくせぇ!」
チェルシーはこの少年に見える存在が一体どれだけの長い時間を孤独に耐えながら過ごしてきたのか考えもつかなかった。
この少年が胸に抱える苦しみさえも。
「どれだけ時間が経とうとも、傷ついたり壊れたりしたものはもう戻らねぇ。決してもとに戻ったりすることは無いのさ。それは人間関係でも同じだ。
後悔だけはするもんじゃねぇな。・・・死ぬまで苦しむなんざまっぴら御免だからよ。
だから俺は自分が傷つかなくてもいいように好きに生きてるのさ」
「優しいですね」
チェルシーの意外な言葉にクオンは苦笑いを浮かべる。
「そんなことはねぇよ」
「あなたは優しい人。でも優しいから傷つきやすい。困ったり苦しむ人を見ないフリをして通り過ぎればあなたはあとで後悔する。だからあなたは人を助けて回っているんですね。私もその一人」
「いつまで生きるかわからねぇんだ。寝覚めが悪いのは誰だって嫌なもんだろ?」
その言葉にチェルシーはクスっと笑った。
「そうですね」
翌朝
街が見える辺りのところで二人は別れる事となった。
「自分を大事にな嬢ちゃん。若いからって行き急ぐような真似はするなよ?」
「はい。私もこれからはゆっくりと生きていこうと思います。のんびりしてると言われてもいい。後悔をしないように時々立ち止まりながら生きていきます。
・・・またあなたにも会いたいですしね」
「孫もいるようなバアさんの顔なんざ区別がつくかよ。・・・達者でな」
こうしてクオンは道なき道を再び歩き始め、チェルシーは街へと向かう道を歩き始めたのだった。
それから数十年の月日が経った。
家の庭先で孫たちに囲まれつつ、椅子に座って編み物をする老婆の下に孫の一人がある少年を連れてきた。
孫娘は友達だと言うがおそらくは困っていたところを少年に助けられ、彼に好意を持ったのだろう。
昔の自分と同じように。
おませな孫娘の初恋よりも変わらぬ少年の優しさが、かつての記憶を呼び起こす。
少年は老婆を見ると少し驚いた顔をして、およそ少年らしくない深みのある笑みを浮かべた。
「バアさんになったもんだな」
チェルシーは少年の言葉にニッコリと笑う。
「区別がついたじゃないですか」