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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君のためだったら僕はいくらでも可愛くなれるし、何だったら性別だって変えてみせる

作者: 村崎羯諦

 ごめんね、君は色々と忙しいのに、こんなところに呼び出しちゃって。え、これ? うん、本物だよ。調理室からちょっと借りてきたんだ。そんな怖い顔しないでよ。大丈夫。安心して。これは別に()()()()()()のものじゃないからさ。ほら、そこの階段のところに座りなよ。ねえ、ほら早く。ねぇってば。早く座ってって……! ねぇ!! 早く座ってって言ってるじゃん!! 座って!!! 早く!!! ……うん、そうそう。ごめんね、いきなり大きい声出しちゃって。でも、思い出すなぁ。小学生とか中学生のときとかさ、こういう踊り場に並んで座ってたくさんお喋りしたよね。学校のこととか家のこととか色んなこと。肩を寄せ合って、時々手を握っちゃったりして、それから……他にも色んなことしたよね。高校に入ってからは君が忙しくなってそういうことができなくなったけど、僕は今でも昨日のことのように思い出せるんだ。


 僕と君が最初に会った時のこと覚えてるよね。小学生の時、どんなに嫌だって言ってもお母さんから無理やり女の子の服を着させられて、そのせいでクラスのみんなからオカマ野郎ってバカにされて、罵られて、無視されて、のけものにされて、許してってお母さんに泣きついてもつねられたり、叩かれたりするだけで僕の話なんかこれっぽっちも聞いてもらえなくて、兄貴達からもいつの間にか変な目で見られるようになって、さんざん汚らわしいことをされて。毎日死にたくて死にたくて死にたくて、手首を切ったり足首にコンパスの針を突き刺したりしたけど、それでもやっぱり死ねなくて。そんな泥沼の底のような毎日の中で、君だけが僕のことをみんなから守ってくれて、可愛いよって言ってくれたんだよね。僕は今でも覚えてるよ。小学四年生の二学期の十月の第三週の木曜日の放課後に、みんなからスカートを引っ張られたり、叩かれたりしているところを違うクラスの君が助けてくれて、そっと僕の手を握って連れ出してくれて。そして、僕のことを励ましてくれて、それからさっきの言葉を言ってくれたんだよね。その時までは女の子みたいな自分の顔が、女の子の格好をした自分の姿が大嫌いで大嫌いで、鏡に自分の姿が映るたびに吐き気が止まらなかったのに、君が僕のことを可愛いって言ってくれた日から少しづつ少しづつ自分のこの姿が好きになっていって、君が可愛いっていってくれるかなって思うたびに、椅子に縛り付けられながらやらされるお化粧も女物の服へのお着替えも段々段々好きになっていった。今こうして普通に高校に通えているのも、他の子たちと笑っておしゃべりできるのも、全部、全部。君があの日僕のことを可愛いって言ってくれたおかげなんだよ。冗談でもなんでもなくてさ。


 だから君のためだったら僕はいくらでも可愛くなれるし、どんなことだってできるんだよ。ねえ、知ってる? 世間には反吐が出るような気持ち悪い性癖をもったお金持ちが沢山いてさ、そういう連中とホテルで一時間だけ一緒にいるだけで真面目に働くのが馬鹿馬鹿しくなっちゃうくらいのお小遣いをもらえるんだ。でも、お願い、勘違いしないで。僕がそんな肥溜めに住む豚みたいな連中と寝るのも全部お金のためで、そのお金は全部可愛くなるためで、可愛くなるのは全部君のためなんだよ。僕が君のために可愛くなるためには、高い化粧品が必要だし、君が気に入ってくれるような洋服を買わないといけないし、もっと女の子らしい顔とか身体になるためのサプリとかお薬とか色んなものを買わないといけないんだ。


 ほら、僕の腕を触ってみて。そう、二の腕の部分。指先ででなぞって。何個も何個も赤い斑点があるでしょ。これね、全部注射の跡なんだ。ホルモン注射って言ってね、女性ホルモンをこうやって体内に直接注入して、身体全体をもっと女の子らしくできるんだ。本当はちゃんとした病院とかで打って貰う必要があるんだけど、それだと親の同意とか色々面倒だから、自分で海外から輸入して、自分で自分の腕に注射してるんだ。注射器の針をね、二の腕の血管のところに指して、ゆっくりゆっくりと注入していくの。今はもう上手くなったけどさ、始めのころは全然うまく行かなくて、何度も何度も二の腕に穴が空くほど針を突き刺して突き刺して、でもそれでも上手く行かなくて、一回なんか針が折れて皮膚の中に埋まって取れなくなったりしたんだよ。ほら、よく見て。うっすらと銀色の部分があるでしょ? 見える? それがその時の注射針。


 そんな顔しないで。僕は全然平気だからさ。ホテルですることだって、兄貴達からされてきたこととくらべたらおままごとみたいなことだし、夏の排水溝みたいな口臭のするおじさんと舌を絡ませてキスをしているときだって、目を閉じて君の顔を浮かべるだけで我慢できた。注射の痛みだって、ホルモン注射した後の気だるさだって、中々止まらない吐き気だって、これが君に可愛いって言ってもらうための苦しみだと考えれば、むしろ愛おしくさえなって、もっと可愛くならなくちゃ、もっと早く可愛くならなくちゃって思いがどんどん強くなって、注射の回数も増えていって……。ほら、胸だって女の子らしく張ってきたし、他の皆も最近僕がさらに可愛くなってるって噂してるでしょ?


 ……うん。……うん。知ってる。それ以上言わないで。斎藤さんでしょ。僕たちの一個下で、サッカー部のマネージャーやってる子でしょ。僕が君のことで知らないことなんてあるわけないじゃんか。君たちが部活帰りに手をつないで一緒に帰ってることも、休み時間に誰も通らない廊下でいちゃついていることも、校舎の裏でキスしてることも、僕、全部知ってるよ。それにさ、先月のことも知ってる。君の家に斎藤さんが来て、そのまま数時間立ってから、斎藤さんを駅まで送るために二人くっついて家の外に出てきたよね。僕ね、それからすぐに君の家に行って、君のおばさんに嘘ついて家の中に入れてもらって、君の部屋にこっそり忍び込んだんだ。ベッドに残った女物の香水の匂いとか、ゴミ箱に捨てられた精液のついたティッシュを見つけた瞬間、どうしようもなく涙が止まらなくなって、逃げるように部屋を出て、自分の家に戻って、それでも涙が止まらなくて、だんだん呼吸が荒くなって、しまいには過呼吸になって、震える手で自分の手首を切ってようやく気持ちが落ち着いた。死ぬほど悔しくて、悲しくて。他のみんなから可愛いって褒められても、そこらへんにいる女の子よりずっと可愛いって褒められても、君がそう言ってくれなくちゃそんなの何の意味もない。小学生の時はあれだけ女の子みたいな自分の顔が嫌いだったのに、今更になって自分が女の子じゃないことがどうしようもなく悲しくて、どうやっても乗り越えられない性別の壁みたいなものを突きつけられてたような気がして、胸が張り裂けそうで張り裂けそうで……!


 ねえ、僕のどこが駄目なの? 斎藤さんのどこかいいの? 別にそんな可愛いってわけでもないし、君以外のサッカー部員にも色目を使ってるようなアバズレ女でしょ? 顔立ちだったら僕の方がずっと整ってるし、僕だったら君以外の人にそんな媚びたりしない。もし顔がタイプじゃないって言うなら、目だって鼻だって顎のラインだって君のために整形できるし、彼女がしてくれないようなことだって、僕は嫌がったりせずにやってあげるし、何だったら性別だって、君のために変えてみせるよ? 舐めろと言われたらどんな汚いところだって舐めてあげるし、無性にイライラしている時なんかはいくらでも僕のことをボコボコに殴ったっていい。腕をつねられても、痣になるまで叩かれても、髪を掴まれて部屋の中を引き釣り回されても、失神するまで首をしめられても、それで君が喜んでくれるならこれ以上ない幸せだし、君に必要とされてるって考えるだけで呼吸が浅くなって、ホルモン注射のせいでもう勃たなくなった性器が熱くなって、実際にやったことはないけど、多分薬をキメたときってこんな感じになるんだろうなって思うくらいに興奮と快感が一斉に襲ってきて、頭の中を毛深くて黒い蜘蛛が何匹も何匹も這いずり回ってるみたいにぐちゃぐちゃになって、君以外のことを何も考えられなくなっちゃって。執着なのかもしれないけど、依存なのかもしれないけど、そんなの言葉の言い換えでしかなくて、仮にそうだとしても、君のことを僕はきっと誰よりも考えてる。斎藤さんよりも、君の家族よりも、君自身よりも。絶対……!


 ……うん。……うん。……そうだよね。ううん、別に驚かないよ。僕も心の中ではわかってたもの。だって、僕は君のそういう優しくて、でも、駄目なことは駄目だってはっきり言うところがずっと大好きだったから。ずっと前から、気がついてたよ。わからないわけないじゃん。斎藤さんと一緒にいるときの、君の楽しそうな表情を見たらさ、君が誰のことが好きで、君が誰と一緒に入る時が幸せなのか、ずっとずっと君のことを見てきた僕が……わからないわけないじゃん。わかりたくなんて……わかりたくなんてなかったけど。


 だからさ、別に斎藤さんと別れてって言いたいわけじゃないんだ。ごめんね、変な独り言に付き合わせちゃって。でもさ、最後の最後に君にお願いしたいことが一つだけあるんだ。これは僕の最後のわがまま。……怖がらないで。ほら。ちゃんと握って。両手で柄の部分をしっかりと持って、それからこうやって、刃先を突き立てて。そう。そこでいいよ。ここだとさ、一思いにいけるから。僕は君がいるから今日まで生きてこれたし、君のために生きてきた。君があの日助けてくれなかったら僕はとっくの昔に死んでたし、僕の命は君のもの。だからさ、君の救ってくれた命だからこそ、君がその手で終わらせて。お願い。これは僕の最後のわがまま。君がいない人生なんて意味もないし、ここで君が僕を殺してくれなくても、それならそれで自分で自分を刺して死ぬつもり。自分で包丁を突き刺して自殺するって遺書を残しているから、君が僕を殺したって誰も疑わないし、そんなことは僕の本望じゃない。ただ僕の最後の願いは、君の手で、君を見ながら死んでいきたい。それだけ。


 ほら、ちゃんと握って。手が震えてる。うん。力が入らないなら、僕がちゃんと手伝ってあげるから。そう。そのままゆっくりと前に突き刺すだけだから。落ち着いた? 大丈夫? ……ううん。怖くて泣いてるんじゃないの。たださ、こうやって君の大きな手を握ってたらさ、あの日、地獄みたいな教室から僕を連れ出してくれた時の君の手を思い出してさ。同学年なのに、背も僕と同じくらいだったのに、あの日の君の手が僕にとってすごくすごく大きく感じてさ。僕だったら怖くて怖くて何も言い返せなかった他の子達にも毅然とした態度で駄目なものは駄目だって立ち向かう君の姿が眩しくて、母親の言いなりになっていた僕にとって、自分の意志をきちんと持ってる君が羨ましくて。君から可愛いって言ってもらいたいとかじゃなくて、君から愛されたいとかじゃなくて、君みたいに強くなりたいって思うことができていたら、もっと違う人生だったのかもしれない。ほら。もっと強く。強く押し込んで。……うん。痛くないと言ったら嘘になるけど、それでも心は全然苦しくない。血が流れてるのも、意識が少しづつぼんやりしてくるのもわかる。死ぬ前ってこんな感じなんだね。少しだけ不思議だな。最後に……最後に一つだけ聞いて。ごめんね、さっき最後のわがままって言ったのに。これだけは君に、君にわかってて欲しいんだ。執着とか思われるかもしれない、依存してるだけって思われるかもしれない。でも、誰でも良かったわけじゃ絶対にない。君以外じゃ駄目だった。君じゃなきゃ駄目だった。自分なんて大嫌いだし、君みたいに自分の意志なんてなかったけど、これだけは……これだけは絶対に信じることができた。僕は……本当に心の底から……本当に心の底から……君のことを、愛してる。

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