今のおれなら、彼女を守れるから
春佳は、今の自分を好きになってほしい、って綾乃さんに言うことはできなかった。
だって、好きになってもらったって、なにもしてあげられない。
綾乃さんを守ってあげることも、支えてあげることも。
自分が立っているだけで、精一杯のような状態だったから。
八月の終わりの日。
深夜に春佳と綾乃さんは落ち合って、ゆっくりと、ゆっくりと海へ向かった。
春佳は途中で胸の痛みに立ち止まり、綾乃さんは吐血した。
それでも、ふたりはどちらも、やっぱりやめよう、とは言わなかった。
本当なら、年上の春佳が止めるべきだったんだろう。
でも、できなかった。
お互いの体調を考えても、この日を逃せば、もう次の機会は訪れないかもしれない。
そんな恐怖に追い立てられていた。
辿りついた岬で、春佳と綾乃は一度、腰を下ろした。
呼吸を整える。
磯の香りが強い。波音がすぐ下から聴こえてくる。
強い風が吹き抜けてゆく。
『春佳さん、ありがとうございます』
『お礼を言うのは、僕のほうだよ。大変な約束をしてもらったしね』
あれはなし、って言われることに少し怯えながら、春佳は小さく肩をすくめた。
『……もし本当に、いつかどこかでまた会えたら、いろんなことができるといいですね』
『そうだね。なにをしようか』
『それじゃあ……』
一緒に浅草十二階に行く、あいすくりんを食べに行く、活動写真を見に行く。
もしまた会えたら、と、夢のような話をした。
おれは全部、覚えてる。
夜半過ぎ、ふたりで手をつないで、一緒に地上から離れた。
綾乃さんを途中で失ってしまわないように、ぎゅっと抱きしめた。
そして、春佳の記憶は海の中で終わる。
それはもう、100年近く昔のこと。
綾乃さんとの約束だけが、春佳が生きているあいだに手に入れられたものだった。
綾乃さんの、いつかくるかもしれない、こないかもしれない未来をもらうあの約束が、春佳の心を満たしてくれた。
あの頃の春佳には、なにもできなかった。
でも今なら。今のおれなら、綾乃さんを守れる。
守りたいと思う。
そして、めいいっぱい、甘やかしてあげたいと思う。
アヤは、いつまで経っても少しもでれてくれないけど。
スカイツリーはもう、すぐそこだった。




