おれは別に誰にでも優しいわけじゃない
今のおれは健康そのものだけど、春佳はもともと体が丈夫じゃなかった。
余命僅かと宣告されたのは、十九のころ。
療養のため、春佳は海の近い別荘で、使用人と過ごしていた。
そしてある日、たまたま林を散歩をしていた春佳は、そこで綾乃さんに出会ったんだ。
綾乃さんは、草の上に仰向けに横たわっていた。
人が倒れていることに驚いて駆け寄ると、綾乃さんはぼんやりと枝葉の向こうにに見える空を眺めていた。
『だれ……?』
ゆっくりと綾乃さんが顔をこちらに向けたとき、春佳はその美しさに目を奪われて、一瞬、返事をするのを忘れてしまった。
草の上に広がる長い黒髪、白い肌は幾分青く見えたけれど、それでも綾乃さんの美しさは充分伝わってきた。
『あ……あの、大丈夫ですか? 体調が悪いように見受けられますが。あ、僕はそこの屋敷の者です。決して、怪しい者ではありません』
必死に説明する春佳を見て、綾乃さんは幾度か瞬きをしたあと、くすりと小さく笑った。
『体調が悪いのは、わたしにとっての普通です。気になさらないで。ただ、静かな場所で、空が見たかっただけなんです。日が暮れるまでには、療養所に戻ります』
綾乃さんは言い終わると、再び視線を空へと向けた。
当時、春佳が暮らしている屋敷の近くには、いくつかサナトリウムがあって、彼女もそこに入っているのだとわかった。
春佳が二十歳、綾乃さんが十七。
春佳が、綾乃さんに同類意識を抱かなかったといえば嘘になる。
一目惚れを、否定することもできない。
けれどそれだけじゃないどこかで、春佳は綾乃さんに惹かれていた。
あの日、春佳と綾乃さんが出会ったことには、意味があったんだとおれは思いたい。
綾乃さんの病がかなり進んでいるのは、一目見てわかった。
互いに、あとどれほど生きられるかわからないような日々を送っていた。
そして今、おれたちふたりは生きている。
まだ、命の終わりを突きつけられていない状態で。
昔の記憶を持ったまま。
そう、おれは覚えている。
綾乃さんと過ごした日々を。
抱いた想いを。
交わした約束を。
アヤが、複雑な心境でいることには気づいている。
おれは気づいていないふりを続けてるけど。
おれは、アヤが思うほどいい人でも、お人よしでもない。
誰にでも優しいわけでもない。
おれは、おれの願いを叶えたくて、一緒にいるんだから。




