彼女の予定なら把握済みだから
アヤを探して大学の構内を彷徨っていると、文学部研究棟屋上で、ふわふわの髪を発見した。
屋上の貯水タンクの陰に寝転がっている。
「アヤ」
近づきながら声をかけるけれど、アヤは返事をしない。
よもや息をしていない――なんてことはないはずだけど、足を速める。
すぅ、すぅ、と微かに聞こえる寝息。
わかってはいたものの、やっぱりほっとする。
心地よい風も吹いているし、午睡をするにはちょうどいいのかもしれない。
と、うっすらと、目の横に涙のあとが残っていることに気づいて、どきりとする。
昔の夢でも見てたの?
桃色の唇が、小さく春佳さん、と動いたように見えたのは、おれの気のせいかもしれないけど。
「綾乃さん」
そっと顔を近づけて、アヤの耳元で、昔のように呼び掛ける。
ばちっと目が大きく開かれて、アヤの目がおれを見とめた。
「春佳さん……?」
「残念。ハルでした」
春佳は100年近く前に死んでいる。
おれの答えに、アヤは、はぁと息を吐いた。
「じゃあ、綾乃って呼ばないでよ」
「ごめん。アヤって呼んでも起きなかったからさ」
「それは……寝てんだもの。仕方ないじゃない」
アヤが少しむくれて、視線を逸らす。
「そうだね。ごめん」
おれは素直に謝った。
今のおれたちには、別の名前がある。
それでも、おれたちは過去の名前が懐かしくて、けれど昔と全く同じようには呼べなくて、結局今の呼び方に落ち着いたわけだけど。
おれの素早い謝罪に、アヤが嘆息する。
「……こんなところまで来て、なんの用?」
「アヤに会いに来たに決まってるでしょ」
「わざわざ工学部棟から?」
工学部棟は文学部棟のちょうど真反対に位置する。
けど、おれはもう今日の講義は履修してないし、バイトも入れてないから、なんの問題もない。
「そ。ねえアヤ、出かけようよ」
おれは、気負いすぎていると気づかれないように、できるだけそっけなさを装いながら切り出した。
「どこへ?」
おれは工学部の三回生。
アヤは文学部の四回生。
アヤが院に進むつもりなのは知ってるし、三年のうちにゼミ以外の必要単位を全てとっていることも把握している。
そのゼミは今日の午前中にあって、そのあとのアヤの予定があいているだろうことも。
「スカイツリー」
勇気を振り絞って告げる。
アヤが目を瞠るのがわかった。




