仕事
翌日、彼はエルナトが働いていた仕事場にいた。
急に仕事をやめれば金がなくなり、住む家をなくしかねなくもなる。
家がなくなれば……その先は言うまでもない。
忘れえぬ、全身に刺さる槍の冷たさを思い出し後太郎は身震いした。
生き延びるためには、牛として生きなければ。それがいかに屈辱的であろうと。
生前のエルナトがかなり高い役職についていたのが幸いしてか、彼の仕事は書類に判を押す程度の仕事だけだった。
それでも目を通すべき資料は多く、目が回りそうだった。人間だった頃はもう少し楽だったような気がするな、と後太郎は思いながら判を押した。インクが切れかけた、かすれた文字が紙面に残った。
「さて、これからやるべきことは……なんだろうな?」
仕事を終わらせた頃にはとっぷりと日が暮れていた。
このまま仕事を続け、エルナトとして生き続けるのもけして悪くはないだろう。しかし──
後太郎は思い出した。『人間』のことを。蹄のついた肌色の手を。
「俺は……変えるんだ。この世界を……」
──そのために、何ができる?わからない。だが……それを考えることはできる。
彼は空を見上げた。車も機械的な工場もないこの世界では空気が澄んでいて星がとても美しい。いや、待てよ。ないなら……
「そうか、工場だ!」
彼は頷き、目を輝かせながら帰り道を急いだ。




