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8.1話

 完結後に加筆しました。


「おはよー」


 昨日に続いて、彼女は今日も駅で待ち伏せをしていた。昨日の今日とあって、さすがに驚かない。


「おはよう。君はこれから毎日待ち伏せするつもりなの?」


 それはなんか、僕の都合で待たせているわけではないけど、悪い気がする。


「カノジョと一緒に登校するの嫌?」


 そう訊く彼女の顔が冗談を言っているようには見えなくて、とてもじゃないけど嫌なんて言えない。


「嫌じゃないよ。でも、君ばかりを待たせるのは、さ」


「なら、明日は君の方が私を待っててね」


 そう言ってはにかむ彼女。駅で彼女の到着を待つ自分を想像してみる。……傍から見たら、どうなんだ、それ。でも、赤色っぽいか。


「いいよ。うん」


「よしっ。じゃ、部活行こっ」


 彼女はそう口にするのと同時に僕の手を掴んだ。昨日あれだけ繋いだのに、咄嗟のことに固まってしまう。


「君から繋ぐのは慣れたみたいだけど、急に繋がれるとまだそういう反応なんだ。私がいつも待ってるだけとは思わないよーにっ。行くよっ」


 彼女に手を引かれて僕も歩き出す。いいかげん手を繋ぐことにくらい慣れてもいいのに、僕はまだオドオドしてしまって、彼女はそんな僕を殊更に笑った。


 いつものようにキティの餌やりを終えて、その後は彼女と赤色を目指すための時間。


「私さ、ちょっと考えたんだ」


 彼女は自分のバッグを漁りながらそう切り出した。


「何を?」


「デートとかキスとかハグをすれば、それで運命の糸の色って変わるのかって」


「それ、僕、一昨日同じようなこと言わなかったっけ?」


「それでこれ!」


 僕の言葉を完全に無視して彼女が取り出したのは、1冊の文庫本。そのタイトルを見ると、書店で最近平積みになっているのを見た覚えのあるラブコメ小説だった。


「えっと……?」


「私にも君にも、今までに恋愛経験なんてないでしょ? だから、参考書を買ってきました。これで、赤色ってどういうものか勉強しようと思って」


 表情から察するに、彼女は真剣らしい。わからないから本で調べようって、こと恋愛に関してはその発想はズレている気がする。加えて、ラブコメをチョイスするところもズレてる。


「なんか、赤色になろうって言って見よう見まねで恋人っぽいことをしてるけど、恋ってやっぱり気持ちが大事なんじゃないかって私は思うわけ」


「行為に執着したのは君だと思うんだけど……」


「行動も大事! でも、気持ちはもっと大事!」


 彼女は勢いで誤魔化しているけど、たぶん、昨日(きのう)一昨日(おととい)で色々と行動は進展した結果、何かが違くないかという感じがしたのだろう。僕としても、あれを続けていれば赤色になれるのかと言われると、かなり疑問ではある。


「質問! 君は私に恋してますか?」


「えっ……うーん……」


 突然の質問に僕は考え込んでしまった。僕の彼女への想いは恋であると言えるのだろうか? 恋ってつまりなんだ? ……この思考は泥沼にはまる気がする。


「そこで考え込んじゃうの? 昨日は好きだって言ってくれたのに」


 彼女はわざとらしくむくれてそう言った。冗談めかしているけど、もしかしたら本気で怒っている可能性もなくはない。


「いや、……好きだよ。でも、なんか、えっと」


「恋って何? そんなこと考えたんじゃない?」


「あー、うん。あたり」


「そう。私たちは恋を知らない。つまり、赤色を知らない」


 そんなことを真面目に語る姿は少し滑稽だった。でも、僕たちは目的のために、赤色について真面目に考えないといけない。


「それで、恋愛小説を読んで勉強?」


 それにしても、彼女が手に持つそれのジャンルはラブコメ。彼女にとっては、恋愛小説にコメディとかシリアスの違いはないのだろうか?


「うん。確か、読書家の君も恋愛小説は全然って言ってなかった?」


「僕の好みはSFだからね」


「少し不思議?」


「サイエンスフィクション」


「すごく不思議」


「あながち間違ってない」


 戯言を交わして2人で小さく笑う。完全に脱線だけど、この会話が快い。


「でも、今は恋愛小説。はい、じゃあ、一緒に読も」


「えっ? 一緒に?」


「うん」


 彼女は頷いて僕の隣に席を移すと、2人の間で小説を開いた。……恋愛小説を一緒に読むって、なにそれ、罰ゲーム?


「一緒にっていうのは、さすがに読みづらくない? 読むスピードだって違うわけだし」


「そこは読書家の君が私に合わせてよ。なんなら、小学校の授業みたいに1文ずつ音読する?」


 恋愛小説の音読とか、それこそ罰ゲームだ。僕は黙って小説へと目を向けた。

 2人で一緒に1冊の本を黙読する。それはよくわからない時間だった。

 1ページ読んでは、彼女がそのページを読み終わるのを少し待つ。その待っている時間に彼女との距離に意識が向いてしまう。肩が触れ合い、同じ本に向ける顔も吐息が聞こえるほど近い。加えて読んでいる内容は結構甘ったるい恋愛もの。コメディなのが唯一の救い。


 これはこれで、ものすごく恥ずかしい……。


 早く終わらせようと読む速度を速めたところで、彼女の方が変わらなきゃ待ち時間が増えるだけ。そして1番恥ずかしいのはその待ち時間。


 赤色の勉強どころじゃないんだけど……。


 しかし、その悶々とした時間は1時間は続かなかった。


「一旦休憩しよ」


「え、ああ、うん」


 普段あまり本を読まない彼女には、続けての読書はそれくらいの時間が限界だった。普段から本を読む僕にとっても、この読書はそれくらいの時間が限界だけど。


「君、顔赤いよ? こういう小説読むだけで照れちゃうの?」


「小説の内容とかじゃ……、いや、内容もあるけど」


 僕は変に考え事をする時間があったのに対して、彼女はずっと読書に集中していた、その差がこの余裕の差なんだろう。たぶん。


「自分が照れるほど小説に入り込んだ君に質問なんだけどさ」


 僕の顔が赤くなっているのは、小説に入り込めなかったからなんだけど……。


「これ、美希が悟に恋したのっていつ?」


「いつって、悟の気持ちを偶然に聞いたシーンじゃない?」


「それって、なんで恋に落ちたの? 悟が自分のことをすごく好きだって知って、それで好きになる?」


 自分のことを本当に好いてくれている人がいたとして、それを理由にその人を好きになるか。……なる、か?


「意識はするだろうけど、好きになるかは別な気がする」


「なら、美希が悟に恋したのはもっと後? どのタイミング?」


「えっと……」


 どのタイミングって言われても……。恋に落ちるって、この瞬間にまさに恋に落ちたっていうのがあるものなのか?


「意識したら、悟っていい奴だし、だんだん好きになった感じの……」


「なら、あんまり参考にならないかもね。私が思うに、君ってあんまりいい人ではないし」


 なんかサラッとひどいことを言われた。いや、自分がいい人だなんて思ってないけどさ……。


「でも、私、君のこと好きなんだよね。なんで?」


「それを僕に訊くの?」


「君は私のどこが好きなの?」


 それに答えるのは、ただ漠然と好きだと言う100倍は気恥ずかしい。結局、答えられずに僕は黙り込んでしまう。


「私のこと、実は好きじゃない……?」


「いや、その言い方は卑怯じゃない?」


「好き?」


「……好きだよ」


「顔真っ赤ー! 私、君のそういう可愛いところ好き。もっといじめたくなる」


 僕は彼女から目をそらす。こういうのは勘弁してほしい。でも、別にそれで嫌いになったりしない。それが、僕が彼女を好いているということの証明なんだろうか?


「で、君は私のどこが好きなの?」


 彼女はニヤニヤした顔でそう問い詰める。僕が顔をそらすたびに目線に先回る。あー、もーっ。


「わかんないよ。何か特定の好きな部分があるってわけじゃない。その、なんて言うか、君っていう存在そのものが……好きと言うか……」


「君のそういう、素直じゃない風を装ってすごく素直なところ好き」


 完全に彼女のペースだった。僕は恥ずかしさに耐えられなくなって机に突っ伏した。


「あー、もっとその真っ赤で可愛い顔を見せてよー」


「うるさい」


 僕は顔を上げることなく素っ気なく答える。


「起きてよー。つんつん」


 わざとらしく口で効果音をつけつつ背中をつつく彼女。僕はなぜか意地になって顔は上げない。なぜだ? ここで顔を上げると何か負けた気がする。


「むー。あっ、あんなところに可愛いヤモリが!」


「あのさ、それで顔を上げるのは君だけだと思うよ?」


 そう言いつつ、僕は呆れて顔を上げていた。彼女は「そんなことないと思うけどなぁ」などと笑う。


「ねぇ、これ読んでて思ったんだけどさ」


 彼女は少し真面目な顔つきになって、さっきまで読んでいた本を指差す。


「なに?」


「赤色を本で勉強するって、なんか違くない?」


「……僕は最初からそう思ってたよ」


 この1時間、なんだったんだ? 徒労というか、いや、小説自体は面白かった気もするけど、あんまり内容が頭に入ってないし。


「結局問題なのはさ、私は君に、君は私に、恋をしているのかってことでしょ?」


「君は気恥ずかしいセリフを平気で言うよね」


「なんだよー。君が恥ずかしがって言ってくれないから、私が言ってるんじゃん」


「いや、うん、ごめん」


 そう謝ったところで、僕は小心者というか、ヘタレというか、その手のものであることは変わらない。情けないが、自分のそういうところを変えられる気がしない。


「私たちの好きは恋なのか友情なのか。それを見極めるには、恋の好きと友情の好きがどう違うのかを明確にしないと」


「その、理論を持って恋愛を考えようっていうの、なんか違うと思うよ?」


「恋は理屈じゃないとか言うけどさぁ、理屈がないとわかんないよ!!」


 この話し合い自体、理屈じゃない恋をしている人から見れば、なに言ってるんだこいつらって感じなんだろうなぁ。僕たちからしてみれば真剣なんだけど……。


「昨日、赤色っぽくなったって話をした時、君が他に好きな人ができたなんて言ったら殺すって言ったでしょ?」


「言ってたね。冷静な状態で聞くと、ものすごく重い愛な気もする……」


「君だって、私が好きな人ができたって言ったら死ぬって言ったんだから、お互い様でしょ」


 冷静になると、その発言自体かなり恥ずかしい……。


「つまりさ、私も君も、互いに相手に独占欲は持ってるってことだよね?」


「そうだけど……その、こういうことを冷静に分析しようって、どうなの?」


「だって、わかんないんだもん……。なら教えてよ。赤色ってなに?」


「いや、僕もわからないけどさ。それを議論しても、実りあるものになる気がしないんだよね……」


 恋とは何か。それに結論が得られる気がしない。僕も彼女も哲学者じゃない。


「諦めないの! 私たちには目的があるんだから」


「まぁ、うん」


 この話し合い自体が恥ずかしいとか、そんなことを言える雰囲気ではない。


「数日前まで、私と君とは友達だったよね?」


「うん。親友と言ってもよかった」


「その時に思っていた好きと、今思っている好きは違う?」


 そういうクリティカルな部分を僕に訊かれても困る。この質問に答えることは、今いかに彼女が好きかを語ることになるわけで、それは、ちょっと……。


「同じではないとは思うよ」


「どこがどう違う?」


「いや、なんていうか、前は君に好きな人ができてもどうとも思わなかった……いや、どうともってことはないかな……うーん、なんか、はっきりしないけど、でも違うとは思う」


 煮え切らない返答をする僕に、彼女は「なるほど……?」と曖昧に頷く。


「友達だった時、君にカノジョができたら、私どう思ったのかなぁ……?」


「やっぱりこの議論、実りあるものにならない気しない?」


「うん。する」


 そして僕たちは、2人揃って盛大に「はぁぁ」とため息をついた。


「私たちって、つまり何を目指しているのかわかってないんだよね。ゴールがわからないけどとりあえず進む的な」


「そうだね。なにぶん経験がないし、人に訊けることでもないし」


「人に訊く?」


「え?」


「それだぁ!」


「は?」


「わからないことは先生に訊く! だって、高校生だもん」


「いやいやいやいや」


「よし、職員室行って、先生呼んでこよっ」


「先生って、顧問のことだよね……?」


「うん! 先生、結婚してて子どもまでいるから、適任でしょ?」


「いや、え? 本気?」


「もちろん!」


 彼女の冗談抜きの表情に、僕は先程の不用意な一言を心から後悔した。それでも彼女を止めることは叶わず、僕たちは人生で最も恥ずかしい先生への質問をしに職員室へと向かった。


 続く8.2話も加筆分です。

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