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6話

 本日も2話。早く投稿したいという気持ちが抑えられないせっかちな作者です。


 コンビニでテキトーに菓子パンを買って学校へと戻った。

 移動の時は彼女と手を繋いでいた。それが、必要なことだと思ったから。ウチの生徒とすれ違って恥ずかしかったし、何より暑かったけど。


「ねぇ、私たちは今、無理矢理関係を進展させようとしてるわけだけどさ」


 菓子パンを頬張りつつ、彼女は話し出した。上品だとは言い難いが、僕はそんなことを注意するつもりもなかった。


「うん。まぁ、そうだね」


 僕だって、普通にパンを食べながら喋ってるし。


「それって、どこまで進展したら赤色?」


 その言葉に、口に含んだパンの残骸を吹き出しそうになって慌てて飲み込む。ゲホゲホと咳き込む僕は、わかりやすく動揺していたことだろう。


「どこまでって……」


「手は繋いだでしょ。この後は、キス、ハグ、それとも」


「ストップ、ストップ! ちょっと1回落ち着いてよ」


 真昼間の生物室で、そんな生々しい話をいきなり始めないでくれ。


「でも、大事なことだよ? 赤色ってことは、つまり、そういうこともするんでしょ?

 あのさ、私も今、ものすごーく恥ずかしいんだからね! 君ばっかり焦るのって、ズルいよ!」


「いや、うん。それは、そうだけど」


 だからって、涼しい顔で聞き流すなんてのは無理というものだ。スポーツ飲料を喉に流し込んで、なんとか落ち着く。いや、落ち着けてないんだけどさ。


「運命の糸の色ってさ、そういう、何かをしたっていう行為的なもので変わるものなのかな?」


「うわぁ。君ってやっぱり奥手だなぁ。今、うまく言いくるめれば私のことを好きにできたかもしれないのに」


「勘弁してください……」


 僕にこの手の会話への耐性はまったくなかった。情けない。


「そういうところ、可愛いけどね」


「本当に勘弁して」


「えへへ。恥ずかしさで死んじゃえ」


「本気で舌噛んで死ぬよ?」


「ダメだよ。君が死んだら、悲しい」


「死ねって言ったの君なんだけど……」


 軽口の応酬で、なんとかいつもの調子を取り戻す。それでも、彼女の顔が直視できない。


「次、いつ朱音さんに会いに行く?」


 僕がその話を続けられないことを察してか、彼女は話題を変えてくれた。

 ……本当に情けない。


「今日が5日。ギリギリにすると、ダメだった時にどうしようもなくなるよね」


「うん。私たち自身は糸の色がわかんないから。実感としては、まだ緑かなぁ」


「うん」


 くっついたり、手を繋いだりしても、まだ恋人という実感は湧いていない。親友とのじゃれあいって感じだろう。まだ1日目だし。


「赤になったと思ったらじゃ間に合わないかもだから、日付を先に決めよ」


 先に期限を決める。それはなかなかプレッシャーになるけれど、小心者の僕にはそのプレッシャーが必要な気がした。


「そうだね。とりあえず、十何日に1回行こうか」


「じゃあ、真ん中の15日にしよ。それまでに、私たちは赤色になる」


「うん」


 自信ない。正直、そう思っていた。


「だから、それまでに関係も進展させる」


「……うん」


 僕の返事が小声だったからか、彼女はこちらを睨んだ。僕はやけくそ気味に「うん!」と答えた。


「君さ、カノジョができたんだから、……そういうことしたいとか思わないの?」


 彼女の顔は十分に赤かった。きっと僕も同じだ。赤色になると決めてから、顔ばかりが赤くなる。


「……君とってのは、なんか、こう、ね」


「なに? 私以外にそういう子がいるの?」


「いないよ。ただ、君とは肉体的な関係より、精神的な関係というか、ソウルメイト、みたいな」


 自分で言っていて、なに言ってるんだと思う。なんだよ、ソウルメイトって。テキトーなフレーズを紡いでいるだけだ。


「それって、赤色じゃないよね」


「……緑だね。うん」


 この意識ではダメなのか。でも、彼女に欲情する自分は想像できなかった。想像したくもなかった。


「そっかぁ。君は本当に、私に女を見てなかったんだね。私ってそんなにブスかな?」


「いや、可愛いよ。僕の主観では……」


 可愛いと断言するのが恥ずかしくて、ちょっと逃げた。


「照れるなぁ。そんな可愛い私を、君は一度も異性として意識しなかったの?」


「ヤモリの子だったからね」


「あー、なんか色々察した。そっか。それはあるよね」


 彼女は納得したようだった。『ヤモリの子』が異性として見られない自覚はあるらしい。


「君、今は私を異性として意識してる?」


「してるよ。……恋人なんだから」


 後ろの方は小声になってしまったけど、勘弁してほしい。


「私のこと、好き?」


「なんでこんな辱めを受けないといけないの?」


 そう撥ね付けても、彼女は首を横に振って続ける。


「すーき?」


「……好きだよ」


 ボソッと小声で、それでも口にはした。


「目が泳いだー。それに声小さーい。もう1回!」


「君は僕を、本気で恥ずかしさで殺したいの?」


 死因、彼女による辱め。そしたら、彼女は殺人罪に問われるのだろうかなんて、現実逃避気味に考える。


「えへへ。だって、真っ赤な顔の君、可愛いんだもん。まるでフトアゴヒゲトカゲみたい」


 それは彼女にとって最高の表現ツールなのかもしれないけど、残念ながら僕には通じない。ちなみに、僕はちゃんと髭は剃っているので、あご髭も口髭も生えてはいない。


「その、フトアゴヒゲトカゲってのは、赤いの?」


「赤い子もいるの。すっごく可愛いんだよ。写真あるよ。ちょっと待ってねー」


 話が爬虫類トークへと移行して、辱めからは解放された。

 彼女から見せられたフトアゴヒゲトカゲの写真は、可愛いといえば可愛いかもしれないとは思った。でも、断じて僕とは似てない。


「これで君の赤い顔がどれほど可愛いかわかってもらえた?」


「フトアゴヒゲトカゲが可愛いってことはわかったかな。あと、それを愛でる君が可愛いことも」


「おぉ、やっぱり口が上手い。軽口の延長ならそんな歯の浮くようなセリフも言えるのに、肝心なところでヘタレなんだよねー」


「うるさい」


 僕は彼女から目をそらして、なんとなく外を見る。視界に広がるのは水平線。

 あの海で、あのボトルメッセージを見つけた結果に今があると思うと、人生というのは予測不可能だ。


「また海行く? 今度は砂浜で、きゃー捕まえられるー、みたいな感じで」


「暑そうだからそれはいいかな」


「もやしっ子」


「インドア派なんだよ」


 反論にもならない反論をしつつも、もやしっ子であることは自覚していた。昔からアウトドアは苦手だった。


「ここの景色さ、すごく綺麗だよね」


「まぁね。もう見慣れたものになってしまってるけど」


 彼女と2人、隣り合って窓の外の絶景を眺める。


「こんなロケーションのいい、ロマンチックな場所に2人でいるんだよね。改めて思うとさ」


「確かに」


 生物室はこの学校の中でも絶景スポットであるといえる。海を一望し、視界の端に江ノ島が映る。写真でも撮れば、素人の僕の腕でも十分に映えるだろう。


「それだけでもう運命的だよ。私たち」


「そういうものかな」


 偶然同じ部活に入っただけ。でも、その偶然を運命と呼ぶのなら、運命なのかもしれない。


「ねぇ」


「ん?」


 呼ばれて、彼女の方を向いて。


 彼女は自然な動作で、自分の唇を僕の唇に触れさせた。


 それは一瞬、一刹那。気づいた時には、彼女の顔は離れた位置にある。


「あぁあああ!! 今日はこれが限界!! 私、ちょー頑張った!!」


 僕の頭は真っ白で、ただ立ち尽くす。


「なに呆然としてるのさ! その反応、余計に恥ずかしいじゃん!! あー!! ヘタレ!! 奥手!! バカぁあ!!」


「あ、ごめ」


「今日は私が頑張ったんだから」


「うん」


「明日は君の番!」


 そう言われても頷けない僕に、彼女は右手の小指を差し出してきた。


やくそく(・・・・)


 僕は完全に逃げ場をなくした。ここで逃げたら本格的に最低だ。

 無言で右手の小指を差し出す。情けないことに、手が震えていた。


「嘘ついたら辱めてこーろすっ。指切った」


 その口上は本気っぽかった。ヤバい。どうしよう。どっちにしろ、僕は明日、恥ずかしいという理由で死ぬことになりそうなのだが……。


「えへへ。退路は断たれたよっ」


 語尾に音符でもつきそうなその笑顔は、可愛かったが、少し怖かった。


「明日が楽しみだなー。今日、私 頑張ったもんねー。寄り添って、手を繋いで、……キスもして。ね?」


 言われると、彼女は今日1日でどれほど針を進めたのだろう。恐ろしい行動力だった。


「すごいよ、君は」


「赤色になるって決めたからね。私、本気だから」


 僕は、この目の前の彼女が好きだ。それが友情だったのだとしても、好きなのだ。

 僕らはきっと両思いだ。そして、赤色になろうという意思を持っている。

 だから、運命様。僕たちを結ぶ糸が緑色というのは間違いだったって、本当は赤色だったって、そう言ってはくれないだろうか。


「好きだよ」


 今度は目をそらさず、はっきり言った。恥ずかしい。逃げ出したい。途端、僕の目は泳ぎ出す。なんとも……情けない。


「えっ、あ……。もー! 不意打ちは卑怯!!」


「それ、君に言われたくはないよ」


「あれを思い出させるのもダメ! 私はもう十分恥ずかしい思いをしたの! あー、えっと、キティー、遊ぼー」


 顔を真っ赤にしてキティの方へと逃走していった彼女。可愛いし、愛おしい。


 ……でも、抱きしめたいとか、触れていたいとか、そんな感情は湧いてこなかった。


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