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5話


 昨日は結局、「恥ずかしい」と何度か言い合って解散になった。


 8月中に、僕たちは赤色にならないといけない。あまり時間に余裕はない。


 赤色になるというのが、つまりどうすればいいのかあまりに曖昧だけど、僕たちはそれっぽいことをしようと顔を伏せながら同意した。本当に恥ずかしかった。


 そして今日。昨日と同じく、朝9時に生物室へと赴いた。


「おはよ」


「おはよう」


 彼女と挨拶を交わす。

 そこで2人でなんとなくの照れ笑い。なかなかに赤色をしてるんじゃないだろうか、これ。


「さて、キティにご飯あげないとね」


「うん。じゃ、僕は水を。日曜だから、ケージの掃除もね」


「そうだった」


 毎週日曜日はケージを掃除する日ということになっている。

 キティを簡易的な居場所である箱の中に移して、ケージの掃除を始めた。


「キティ、今日も可愛いねー」


 僕がケージを洗う間、彼女はキティを愛でることにしたらしい。その光景は、とても微笑ましい。


「なに? 愛しのカノジョを見て癒されてた?」


 彼女はニヤニヤと笑いながら、キティと一緒にこっちを見ていた。


「まっ、そんなところかもね」


「うーん。やっぱり恥ずかしいよ、これ」


「そうだね」


 僕たちは視線を外して、彼女はキティの相手に戻り、僕はケージを洗い出す。


 ケージを洗うといってもそこまでの時間はかからず、仕上げに新聞紙をひいて、キティを住処に帰す。


「キティ、お家、綺麗になったねー。よかったねー」


 そんなことを言う彼女と目があって、笑う。

 これが青春してるってやつなのかもしれない。


「さて、今日の活動お終い」


「うん。お終い」


 いつもだったら、この後は、僕は文庫本を取り出して、彼女の他愛もない話を聞きつつ読書をするという流れだ。


「じゃ、今日も赤色目指して頑張りますか」


「はは」


 彼女の言葉に、照れ隠しに笑う。

 こういう時、僕は小心者なのだと自覚してしまう。


「ねぇ、この部屋、涼しいよね?」


「うん? まぁ、うん」


 生物室はエアコン完備だ。まぁ、普通の教室にだってエアコンはついているけど。

 夏休み中は集中管理が甘くて、設定温度がこちらで調整できるようになっていたので、今は25度に設定している。


「ちょっと肌寒いからさ」


「あっ、温度上げる?」


 察しの悪い僕の返答に、「そうじゃないでしょ!」と彼女が憤る。それがちょっと可愛いと思ったあたり、僕はちゃんと赤色に向かえているはずだ。


「くっついていよってこと! わかんないかなぁ。この朴念仁」


 赤い顔でプンスカと怒る彼女は、やっぱり迫力がない。


「ごめん」


 僕は自分の座っていた椅子を彼女の座っている椅子にくっつける。

 生物室の椅子は金属製の回転椅子で、塩害のせいで結構錆びていて、雰囲気としては微妙だった。


 僕はその椅子に座り、彼女と体を密着させる。恥ずかしいが、少し肩がくっつくだけだと心の中で復唱する。

 彼女の温もりが伝わってくる。不快ではない。ただ。


「なんかさ」


「ん?」


「あんまりドキドキしない。それより、落ち着くっていうか、安心する? 眠たくなる。これって、赤色としてはどうなんだろ?」


 そう、僕も鼓動が早まる感覚はなかった。それよりも得るのは安らぎ。


「いいんじゃないかな。そういう赤色も」


 本当は、これは緑の感覚なのかもしれないと思った。でも、これが心地よいと感じて、流された。


 僕たちは、お互いに自分の体を預けて微睡んだ。その時間は幸せだった。安心できた。

 彼女と一緒なら安眠できるだろうななんて、そんな思考が頭に浮かぶほどだった。


 そして、いつの間にか、僕たちの意識は途切れていた。



「お前らー、学校で仲睦まじく眠るのはやめてくれー」


 気がつくと、目の前に顧問が立っていた。僕と彼女は体を寄せ合ったままで、机に突っ伏していた。急速に顔が赤くなるのを感じる。


「んー」


 彼女が可愛らしい声で伸びをしたので、僕はそっと椅子を2cmほど離す。


「起きたか? あのな、学校で堂々とくっついて寝るなよ。もうちょっと恥じらいってのを持とうな」


 優しく諭すように言う顧問。アラフォーのおっさんに気を使われている。


「えへへ。付き合いたてホヤホヤで、ついー」


 彼女はそんなことを笑いながら言う。彼女と顧問は相当に仲がいい。共に爬虫類信者なのが大きいのだと思うけど。


「おっ。お前ら、ついにくっついたのか?」


 顧問は意外にも驚いた様子をみせた。てっきり、顧問は僕と彼女が恋人同士だと勘違いしていると思っていたのだが。


「昨日告白して。ねっ」


 彼女は僕に向かって微笑んだ。恥ずかしくないのだろうか。彼女、顧問の前だと変なスイッチが入る時がある。


「うん。まぁ」


 僕は顧問に対して開けっぴろげに話したいとも思わないので、曖昧に言葉を濁した。


「そうか。高校生に適した付き合い方にしろよ。それと、学校ではもう少し抑えような。俺ほど理解のある教師はほかにいないからな」


「はーい」

「すみません」


 恥ずかしいな、これ。なんで顧問に付き合い始めました報告なんてしないといけないんだよ……。


「あと、俺、明日は来れないから、鍵は秋葉先生に借りてくれ」


「「はーい」」


 顧問はそれだけ言うと去っていった。確かに理解のある先生だ。僕と彼女は顔を合わせて照れ笑いをした。


「先生にバレちゃったね」


「と言うより、バラしただよね?」


「だって、あれを見られて、付き合ってはいませんってのは、そっちの方が問題だと思うな」


「まぁ、そうだね」


 僕は立ち上がって伸びをした。

 それから時計を見ると、時間は12時になろうという頃。3時間ほど寝ていたようだ。……彼女とくっついて。急速に恥ずかしくなる。落ち着け。落ち着け。


「あ、えっと、お昼ご飯、どうする?」


「あー、愛妻弁当みたいなのは用意してないんだ。ごめんね」


「君にそれは期待してないよ」


 そして僕たちはまた照れ笑う。

 いつも通りなら、集まったのが午前だったらお昼ぐらいには解散になる。


「コンビニ行く? 僕も弁当は用意してないんだ」


「君の手料理、食べたかったなー」


 彼女は唇を尖らせてそう言った。

 僕は、料理はなかなかにうまいと自負している。

 朝は時間がないので弁当は時々しか作らないけど、一度作ってきたものを彼女に奪われたことがある。

 その時、彼女は僕の母を褒めちぎり、それを作ったのが僕だと告げると、結婚しようなんて冗談を言ってきた。

 ちなみに、彼女は料理がてんでできないらしい。


「集合をもう少し遅くするなら、作ってきてもいいよ」


「えー、君と長く一緒にいるか、それとも手料理を食べるか、それは難しい選択だなぁ。

 どっちが赤色っぽい選択だと思う?」


「さぁ? 君の好きな方でいいんじゃないかな?」


「そう言われると、私は食欲に負けちゃうな。君はキッチリと私の胃袋を掴んでるよ」


「こちらから振る舞ったことは一度もないんだけどね……」


 それから僕たちはやっぱり笑い合う。

 赤色がわからず、見よう見まねで赤色になろうとする僕たちは、とても滑稽だった。


「じゃ、今日はコンビニに行きましょー。お手々繋いで参りましょー」


「え、あ、うん」


「あ、でも、恥ずかしいからお手々繋ぐのは、学校出た後ね」


「うん」


 夏休みとはいえ、部活とかで学校に来ている生徒は少なくはない。

 そんなことを言うと、学校からコンビニの間だって、ウチの生徒がいる可能性は十分にあるけれど。


 僕たちはほんのりと顔を上気させながら、生物室を出た。

 こういうちょっとした外出の時は、面倒なので鍵は返さない。僕たちは真っ直ぐに下駄箱へと向かう。


「部屋を出るとやっぱりあっついねー」


「そうだね」


 部屋を出た途端に、ムワァとした暑さに襲われたが、それが夏というものだ。

 手を繋ぐなんて言ったから、手汗が気になってしまう。ハンカチで先に拭いておこうかとか思うあたり、やはり僕は小心者だ。


「ねぇ、君はさ」


「うん?」


「ヤモリは好きになってくれた?」


「なにそれ」


 暑さに頭を溶かされながら、僕たちは隣り合って歩く。


「私、爬虫類がダメな人とは付き合えないなーって、冷静に思ってさ」


「冷静に考えることがそれ? 別に嫌いじゃないよ、爬虫類。君がヘビとかカメレオンを飼いたいって言っても反対はしない。放し飼いは勘弁してほしいけど」


「……今のって、同棲宣言?」


「えっ、あ、いや、えっと」


 そう言われると、急にさっきの発言が恥ずかしくなってきた。たぶん、僕の顔は急速に赤くなっていることだろう。


「そっかぁ。君は爬虫類ハウスでも大丈夫かぁ」


「ごめん。家に所狭しと爬虫類が並んでるのは、ちょっと無理かも。爬虫類ルームくらいが限界」


 もうそれは、爬虫類がどうって話じゃない。猫だろうと犬だろうと、家中にいるというのは嫌だ。


「えー、そんなー。でも、私たちは哺乳類だから、仕方ないかもね。爬虫類にはなれないもんねー」


「爬虫類になりたいと思ったことはないなぁ」


 そんな戯言を投げ合いつつ、下駄箱へと到着。

 4組と7組では下駄箱が離れているので、一旦彼女とは離れる。


「じゃ、はい」


 下駄箱を出たところで、彼女はこちらに手を差し出した。


「えっと、学校出たらじゃないの?」


 七倉高校は下駄箱からいつもの校門まで3分くらいの距離がある。そこまで手を繋いで歩くのは、ちょっと恥ずかしいので勘弁してほしい。ちょっとじゃなくてかなりだ、うん。


「あっちから出たら、すぐだから」


 彼女が指差す先には、僕たちが普段ほとんど使うことのない正門。

 僕たちが普段使うのは登下校門で、こっちから出ると駅まで歩いて30秒で着く。正門は車で来る先生が使うイメージ。

 そして、正門は下駄箱から大階段を降りてすぐ。


「そうだね。でも、階段降りる時は危ないから」


 彼女にリードされて、それでも逃げ口上を言う自分が情けない。

 でも、下の駐車場で陸上部が練習してるしさ……。


「君ってさ、かなりの奥手だよね。せっかくカノジョができたのに」


「うるさい」


「そんなんじゃ赤色になれないよ?」


「そう言われると弱いんだけど……」


 そんなことを言いつつも、手は離れたままで大階段を下った。正門を出たところで、彼女はまた、「はい」と手を差し出した。


「ありがとう」


 今度は素直に彼女の手を掴んだ。少し汗ばんでいたが、きっと僕だってそうだろう。


「外だと、くっつくと暑いね」


 確かに暑い。猛暑の中、暑いと言いながら手をつないでいるのが、バカらしかった。


「離す?」


「それって、赤色的にはイヤって言った方がいいよね? ……暑いけど」


 彼女は僕と繋がっていない左の手で、額の汗を拭った。

 登下校門からコンビニはすぐだが、正門からだと少し歩く。

 ドキドキするとか、そんなんじゃなくて、暑いよ、これ。いや、暑さくらい我慢するけども。


「僕たち、赤色になれるのかな?」


 手を繋ぐのが暑いとか思ってる時点では遠い気がする……。


「なるんだよ。朱音さんは死なせない」


 そう。朱音さんを死なせない。そのために僕たちは赤色になろうとする。

 でも、そんな目的意識を持った関係が、果たして赤色と言えるのだろうか。


「ねぇ、12色相環って、覚えてる?」


 不意に問われたその質問に、僕は中学の頃の美術を思い出す。


「黄、黄緑、緑、緑みの青、青、青紫、紫、赤紫、赤、橙、黄みの橙。あれ、11個しかない……」


 右手の指を折って数えた結果、親指以外が伸びた状態で終わった。

 中1の時に習ったことなんて、覚えてない。11個言えただけですごいということにしよう。


「12個なかったけどさ、それで赤の反対にある、赤から1番遠い色って、わかる?」


 確かそれは、補色という名前がついていたはずだ。反対側の色。1番遠い色。赤の補色は。


「緑、か」


 僕はそれを覚えていた。小さな名探偵がそんな話をしていたのを、なんとなく。


「知ってるんだ。そう。緑はさ、赤から1番遠いんだよ。

 だから、緑の私たちが赤色になるのは、大変だと思う。でも、やるの」


 真剣にそう言う彼女の顔を、僕は見ていられなかった。


「……なら、黄色が近そうだし、今から方針を転換して、ビジネスパートナーでも目指す?」


「そうやって茶化す。君、奥手なのに舌は回るよね。

 黄色にはなれないと思うなぁ。青と黒はなりたくない。やっぱり、赤しかないよ」


「そうだね」


 ただ頷いた。

 舌なんて回らない。肝心なことは何も言えない。


「私、君となら赤色になれると思うよ。君より仲のいい男の子なんていない」


「親友だったからね」


 僕だって彼女より仲のいい女子なんていない。……仲のいい女子がそもそも彼女しかいないか。


「わかってないなぁ。ほかに赤色なんていないってこと。いないんだから、緑の君が繰り上げで赤になっていいの」


 運命の相手が補欠合格か。それでいいのだろうか。


「もしかしたら、10年後に本当の赤色の相手に出会う運命なのかもしれない」


 僕は今、その見知らぬ彼の立場を奪おうとしているのだろうか。それは正しいことなのか。


「知らないよ、そんな相手。それに何より、私たちは運命様をやっつけるんだから!」


 そう宣言する彼女が、眩しかった。

 自分の行動に自信を持っている彼女が、僕には太陽のようで、直視できなかった。彼女はすごい。


「君はすごいよ」


「なに言ってるの。君も私と一緒に運命様をやっつけるの! 他人事じゃないんだからね」


「うん。そうだね。僕たちは戦友だ」


「違うし。……恋人だし」


 そうして照れ笑う。

 青空に目をやって、青春してるんだなぁと思う。この日常は、きっと10年後にも後悔しない。

 朱音さんが死なないならという但し書きつきで。


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