4話
明日が待てずに、本日に2話目。
「ごめん。ありがとう」
彼女が落ち着くまで、どれくらいの時間があっただろうか。僕はその間、ただ髪を撫でることしかできなかった。僕は無力だった。
「うん」
落ち着いた彼女と向かい合う。途端、恥ずかしさがこみ上げてきた。
「えっと、飲み物、取って来ようか?」
テーブルに置かれたオレンジソーダは、もうシュワシュワとはいっていなかった。
「うん。ありがと」
彼女からグラスを受け取り、グラスを2つ持ってドリンクバーへと向かう。
そこで周りの視線が僕たちに集まっていることに気づいた。ほっとけって。
2つのグラスにリンゴジュースを注いで、僕は席へと戻る。平静に。いつも通りを心掛けて。それはちょっと無理だったけど。
「リンゴでよかった?」
「うん。ありがと」
彼女にグラスを渡して、今度は隣じゃなくて向かいに座る。
「もう大丈夫?」
「大丈夫だよ。君のお陰で」
「僕は、何も」
「私ね」
彼女はまだ赤い目に意思を込めて、その言葉を発する。
「やっぱり、朱音さんを死なせたくない」
彼女は僕の思うよりずっと強かった。そして、僕なんかよりもずっと強かった。
「そっか」
「うん」
「すごいね、君は」
正直、あの慟哭に、朱音さんの悲痛な叫びに、僕は打ちのめされた。
この人を死なせたくないと思うと同時に、この意思は曲げられないと、僕はそう思ってしまった。
「命は大事なんて綺麗事じゃなくて、あの人を、朱音さんを死なせたくない」
「うん。そうだね。死なせたくない」
死なせたくない。今のたった数十分の邂逅で、なぜか強くそう感じた。
「だから、勝負だよ」
「勝負?」
「運命様をやっつける」
彼女は本気だ。それは、その顔を見れば、その声を聞けば、すぐに伝わった。
「運命の糸の色を変える。それができれば、朱音さんは死なない」
「そうだね。黒い糸の色が変えられれば、死ぬ必要なんてない」
「ううん。その糸の色を変えるのは朱音さんだから、私たちにはどうしようもないと思う。だから、私たちがやるのは、運命の糸の色は変えられるんだっていう証明」
彼女の言いたいことは理解できた。話の進む先も思い至った。それを彼女に言わせるのは悪い気がした。
でも、僕はどうしようもなく小心者だった。
「今から、すっごく恥ずかしいことを言うんだけどさ」
僕は、せめて彼女から目はそらすまいと、彼女のことをただ見つめた。
「……私の赤色になってくれないかな?」
僕は、彼女から視線を外さずに、やっとの思いで応じる。
「そうだね」
僕はどこまでも、気の利いた言葉なんて言えない人間だった。
*
「うわぁー。人生初めての告白だよー。めっちゃ恥ずかしー」
両手で顔を覆って、足をバタバタと動かす彼女。うん。可愛い。大丈夫。僕は彼女を異性としても好きになれる。
「可愛いよ」
「ダメ! やめて! 恥ずかしさで死ぬから! やめて!!」
「可愛いけど、周りの視線が痛いから落ち着こうか」
僕たちはずっと、このサイゼでの視線を独り占めにしているようだ。もう、それでもいいかと開き直ってきた。
「ねぇ、君って、これまでに私を異性として意識したことってある?」
なんとか落ち着いた彼女は、僕にそう尋ねた。僕は率直に答える。
「あー、正直に言うと、なかった」
なんといっても、第一声が「ヤモリって可愛いよね!」だったからなぁ……。会ってしばらくは『ヤモリの子』って思ってたし。
「私もなかったなぁ。君は、キティより話が通じる友達みたいな」
「え、キティと同列だったの?」
「私の中では、哺乳類はみんな同じ括りだからさ」
あははと笑う彼女がどこまで本気で言っているのかはわからなかった。ヤモリに負けている可能性も……。
「ねぇ、私は君に愛の告白をしたわけだけどさ」
「そのフレーズ、恥ずかしすぎるからやめて」
「これで赤色になったりは、たぶんしてないよね」
それは、そうだろうな。僕にとって彼女は、たった数分前に恋人になったわけだけど、やっぱりまだ親友という意識の方が強い。恋人というのは全然しっくりこない。
「そうだね。僕たちの意識がそこまで変わったとは思えないかな。まだ」
「うん。まだ、ね。……これってつまりさ、8月中に赤色になるために、イチャイチャしようねってことなのかな?」
つい彼女の顔が見られなくなって、リンゴジュースへと目を落とす。ヤバい。なんだこれ。ものすごく恥ずかしい。
「でも、私、君のこと好きだよ。異性としてじゃなかったけど」
「僕も好きだよ。異性としてじゃなかったけどさ」
そして、2人で顔を真っ赤にしてリンゴジュースを呷る。
あー、なに好きとか言ってるんだろ。これが赤色の距離感なのか? 恥ずかしすぎるんだけど。
「あー、恥ずかしー。君、顔真っ赤だよ」
「君もだよ」
「だよねー」
冷房の効いた店内にもかかわらず、2人して顔をパタパタと手で仰ぐ。
「赤色になるまでに、何回『恥ずかしー』って言うんだろ?」
「どうだろう。まぁ、数え切れないくらい、かな?」
僕と彼女の間には熱に浮かされたような空気が流れていた。
でも、その目的は朱音さんを死なせないこと。
どうも、目的と手段が噛み合っていない感じがしないでもなかった。