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3話


「お待たせしましたー」


 少しして、朱音さんと(おぼ)しき人が出てきた。格好は僕たちに合わせたのか制服だ。

 ちょっと着崩していて、僕の隣の彼女よりも弾けた印象を受ける。女子高生っぽい。隣の彼女は、飾りっ気とかないし、童顔も相まって中学生っぽさが抜けてない。


「んっと、友達ってのは嘘だよね?」


「あぁ、はい。初対面です。葉月朱音さんですよね?」


「うん、葉月朱音。高校1年生。2人は?」


 朱音さんはフランクな感じで自己紹介をしてきた。こうなると、こちらが変に畏まるのもおかしいか。


綿原(わたはら) (よう)です。同じ高1です。で」


 そう思いつつ、僕は敬語で答えていた。初対面の女子だし、仕方ない。……彼女と話した時は初めからタメ口だった気がする。

 その彼女の方を見ると、ガチガチに緊張していた。彼女は初対面の相手には大抵こうなる。

 僕に対して「ヤモリって可愛いよね!」と訊いてきたあれは何だったのだろう。


「こっちが、桜夏 咲で、同じく高1です」


 そう言うと、彼女はぺこりと頭だけ下げた。


「えっと、あの手紙についてなんですが」


「それはもう少し腰を据えて話せる場所でにしよ。うちの前でってのは、さ」


 まぁ、あれが悪戯だったにしても、家の前で黒歴史開陳ってのはないだろう。


「えっと、なら、どこで話します? この辺の地理には疎くて。カフェはいくつかあるみたいですけど」


「タメ口でいいよ。あたしも敬語使う気ないし。駅まで行っていい? 家の近くでアレの話はしたくないからさ」


 そう言われて、嫌だと言えるわけもない。僕たちは真夏の日差しの中を駅まで引き返すことになった。


「あっつーい」


 朱音さんが先導する形で、僕と彼女が後ろから続く。


「2人って高校どこ? あたしは船戸高校だけど」


 朱音さんからは普通の質問が飛んできた。彼女はまだ緊張しているようなので、返答は僕が担当する。


「七倉高校。海沿いにあるとこの」


「あー、もしかして、手紙ってあの浜で拾った?」


「まあ」


「うわぁ、全然流れてないし。元の場所に戻ってるじゃん。どうせ読まれることはないと思って赤裸々に書いたのに。あたしがそれ流したの3日前だよ?」


 朱音さんは海に対して、もっと仕事しろよぉと憤ってみせた。


「まっ、手紙の内容の話は後にしよ。鎌倉まで行くってことでいいかな?」


「僕は別に」


 そう言いつつ、彼女の方を伺う。まぁ、僕は家から離れることになるが、彼女はそんなこともないから、問題ないとは思う。

 実際、彼女は朱音さんに聞こえたかは怪しいくらいの小声で「大丈夫」と言った。


「その子、桜夏さんだったよね、は綿原くんとしか喋れないの?」


 そう言われると、彼女はビクッと体を震わせた。いつもの快活さはどうした。


「人見知りで、初対面の人が苦手なだけ。慣れればうるさいくらいに喋るよ。例えば、ヤモリの話をすればすぐに乗ってくる」


「ヤモリって、なんか気持ち悪いやつ?」


「気持ち悪くないもん! 可愛いもん!」


 案の定、彼女は会話に参入してきた。

 なんというか、彼女は爬虫類を愛しているのだ。ヤモリとかヘビとかカメレオンとかが大好きな女子高生。

 いつだったか、イモリよりもヤモリの方がいかに可愛いかを力説された記憶がある。

 彼女曰く、両生類は邪道なんだとか。蛇の道は蛇なんじゃないのとボケたら、意味がわからないという顔をされた。


「えっ、あっ、うん。ごめん」


「ヤモリはね、あの足がいいの。あのキューって吸い付く足がね」


「へぇー、そうなんだ……」


 朱音さんはドン引きしていた。喋らないのかと言うから喋らせたんだけどなぁ。僕は彼女の爬虫類トークを聞くのは嫌いではない。本当に楽しそうに話すし。


 そんな話をしていると北鎌倉駅に到着し、僕たちはピピッという音を鳴らして駅へと入場した。


 間も無く電車がやってきて、乗り込む。たった1駅の移動を終えて、僕たちは鎌倉駅へと降り立った。


「サイゼでいい? スタバもあるけど」


 駅を出るなり、朱音さんにそう訊かれた。鎌倉にも来なれているのだろう。彼女の家は鎌倉なので、彼女の方が来なれているとは思うけれど。

 スタバって行ったことないし、なんとなくハードルが高いのでサイゼの方に同意する。


 駅のすぐ近くのスーパーの地下にあるサイゼに3人で入店。

 ドリンクバーと、何かつまもうということでフライドポテトを注文した。


「さて、じゃあ、本題に入ろっか」


 各人おもいおもいの飲み物を持って席に着くと、朱音さんがそう切り出した。オレンジ、リンゴ、ブドウ、被りはなかった。


「君たちさ、あの遺書の内容、信じた?」


 朱音さんが何気ない風に訊いてきたその質問に、僕は正直に答える。


「いや。風変わりな自由研究か何かだと」


「私もそんな感じかな」


 ヤモリ効果があったのか、彼女もちゃんと話せるようになっていた。


「そっか。信じてはいないけど、あたしのところには来たわけか。でもね、あれ、全部本当なんだよね。

 まさか死ぬまでに拾われちゃうとは思わなかったなぁ。8月30日とかに流すべきだったよね。何やってんのかなぁ、あたし」


 オレンジジュースを飲みながら、朱音さんは気負った様子もなくそう言った。

 嘘をついているようにも、ふざけているようにも見えないけど、死ぬほど悩んでいるようにも見えない。飄々としてるというか……。


「本当って、運命の糸が見えると?」


「うん。君たちの間にも見えるよ。いいね。異性間で緑色で繋がってるのはものすごくレアなんだ。その友情は一生モノだよ。あたしが保証する」


 朱音さんはサラッとそんなことを言った。隣では、「ほらぁ、緑の糸で繋がってるんだよ」なんて顔で彼女がこちらを見てくる。

 朱音さんの弁では、僕と彼女は本当に運命の緑の糸で繋がっていると。運命の糸ねぇ、冗談だろ。


「テキトーなことを言っているんじゃなくて?」


「糸が見えてなかったら、君たちの関係が赤か緑かなんてわからないんじゃない? ううん。たぶん、赤だと思うのが普通なんじゃないかな」


 確かに、僕と彼女はよく恋仲だと疑われる。学校ではカップル扱いされてるし。

 でもそれは、見る目さえあれば気づけることではないだろうか。

 僕はまだまだ、朱音さんの能力には懐疑的だ。なんといっても、僕は常識人なのだ。


「それは、朱音さんに人を見る目があるというだけでは?」


「おっ、いきなり名前呼び? 照れるなぁ」


 朱音さんそうやって(おど)けた。いちいちそれに過剰反応はしない。と思っても少し反応してしまうのは、僕が小心者ゆえに仕方がない。


「いや、えっと、妹さんの存在が頭にあったから、つい。葉月さん」


「ううん。朱音さんでいいよ。もしくは朱音って呼び捨てでも。ちなみに妹は真凛(まりん)って言うんだ」


 そう言うと、朱音さんはまたオレンジジュースを呷った。釣られて僕もブドウジュースを飲む。


「君たちがあたしのこれを信じないって言うなら、それは別にいいよ」


 これと言って、朱音さんは自分の瞼をつついた。


「信じられるものでもないと思うし、証明するっていうのも無理だからさ」


 確かに証明するのは難しい。結局、信じるか信じないかという話。


「能力の真偽は、興味深いけど置いておく。それよりも、本当に死ぬつもりなの?」


 僕は思い切ってそう尋ねた。勇気を出して、クリティカルな質問をしたつもりだった。

 でも、対する朱音さんは飄々としてそれに返答した。


「死ぬよ。うん。あたし、死ぬんだ」


 僕はその言葉に黙ってしまう。彼女も話を引き継いでくれる様子はない。


「飲み物取ってくるね」


 沈黙を破ったのは、グラスを空にした朱音さんだった。朱音さんは軽い足取りで、ドリンクバーへと歩いていく。


「自由研究ってわけじゃなさそうだね」


 朱音さんが席を立つと、彼女はそう呟いた。


「そうみたい。本気で死ぬ気なのかは、まだちょっと判然としないけど、もし本気だとしたら止めるって方針で継続?」


「うん。命って、大事だもん」


 彼女の言葉は、生物部らしい気もしたし、生物部らしからぬ気もした。


「さて、オレンジソーダは美味しいかなー」


 朱音さんはそんな呟きとともに戻ってきて、席に座った。手に持ったオレンジジュースは、さっきと違ってシュワシュワと音を立てている。


 そこでちょうどフライドポテトも運ばれてきて、僕たちはそれをつまみながら会話を再開した。


「月並みな言葉だけど、死ぬことはないと思う」


 本当に月並み。僕にはその程度の言葉しか紡げない。


「ん? 君たち、もしかしてあたしの自殺を止めに来てくれたの? いい子たちだぁ。こんな子たちがいるなら、日本の未来は明るいね」


 朱音さんはそうやって茶化した。その茶化し方が、本当に死ぬ気なのかもしれないと思わせた。


「そんないい子たちが、勇気を振り絞って会いに来たんだから、自殺なんてやめてくれない?」


 僕も朱音さんに合わせて軽口で返す。空気が微妙に重たい。ブドウジュースを口に含む。


「ごめん、それは無理」


 それは、覆しようのない否定の言葉に聞こえた。すでにそれを、完全に決意しているようだった。

 それでも僕は、それを覆すために舌を動かす。


「朱音さんの自殺の動機は、妹さんと殺し合いになるなんて思い込んでいるからなんだよね?」


「真凛ね、妹の名前。可愛いんだ。愛してる」


 途端に舌が動かなくなる。シュワシュワと空気を読まない音が場に漂う。なんとか、意識を口を動かすことに集中させる。


「愛してるなら、殺し合うことになんて、普通に考えてならないと思う」


「なるよ。運命だもん」


 運命なんて僕は信じない。そう言えば、この話は平行線で終わってしまうのだろう。

 彼女にそれが見えるのなら、信じるか否かなんて、信じるしかないのだから。


「今の話で根本を疑っても仕方がないから、朱音さんの能力は信じることにする。でも、運命はそれを知ることができたなら、変えることもできると思う」


「無理だよ。糸の色は変わらない。変わらないの」


 朱音さんの表情はだんだんと暗くなっていく。このまま進んでいいのか? この話を続けていいのか?


「えっと、さ」


 言葉が詰まる。舌が回らなくなる。この役割は僕の身に余る。


「命は、大事だよ」


 そう言ったのは、僕の隣の彼女だった。


「そんなこと知ってるよ」


 その表情を一言で言うなら、悲痛。


「大事だから、大切にしないとダメ。諦めちゃ」


「何も知らないくせに勝手なこと言うな! 毎日、真凛と顔を合わせるたびに、この黒い糸で結ばれてるのが見えるあたしの気持ちが、あんたにわかるのか! あたしは死ぬんだ! そう決めたんだ! それでいいんだ! だから……」


 その慟哭に、僕も彼女もかける言葉なんて持っているわけがない。

 伝わってしまう。朱音さんが本気であることが。そして、朱音さんの妹への愛が。伝わってしまう。

 何も知らないくせにと言われれば、反論の余地なんてない。


「……ごめん、帰る。遺書はさ、あたしが死ぬまで持っててよ。死んだら、好きにして」


 朱音さんはそう告げると、その場を去っていった。朱音さんが座っていた席の前には、500円玉が1枚と飲みかけのオレンジソーダ。


 周りから「修羅場?」、「なんかヤバくない?」みたいな声が聞こえてくる。「ほっとけ!」と大声で言いたいところを、なんとか我慢した。


 周りを気にするのはやめて、隣の彼女を見る。

 彼女の目からは、涙が溢れていた。


「私が、命が大事だなんて、そんな、そんな言葉で」


 泣き(じゃく)る彼女に、緑色の僕はどうすればいいのか。そんな風に考えて、すぐにその考えを捨てた。


 泣いている女の子に、緑も赤もない。


 僕は彼女を抱き寄せた。


「君のせいじゃないよ」


 僕には月並みな、ありふれた言葉しか紡げない。僕に彼女は癒せない。それでも。


 彼女は僕の胸で泣いた。僕は彼女の髪をそっと撫でた。


「彼女」という語の使い方がめちゃくちゃですが、この話はこれでいいのです。

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