12話
本日2話目。
彼女が退院できたのは、あれから1週間も後のことだった。僕と彼女は揃ってPTSDという病名をもらって、今後も通院を続けることになるらしい。
「新学期から同じクラスだね」
「2人での保健室登校を同じクラスと言うのなら」
僕たちは、北鎌倉駅を出場口を向かって歩いていた。
彼女も僕も、表面上は普通を装えるようになっていた。時々おかしくなるから通院は必要だけど。
「道、覚えてる?」
「明月院の少し先。覚えてるよ。もう、忘れられない」
「そうだね」
僕たちは葉月家を目指して歩く。
この訪問は、両親や医者に強く止められた。でも、この目的を失くしてしまえば、それこそ、僕たちには死という選択しか残らなくなってしまう。
朱音さんの能力については秘密にすると決めたこともあり、両親や医者を説得するのには時間がかかった。
「まだ、夏だね」
「うん」
8月も、もう1週間を切った。それでも太陽は照りつけ、蝉も元気に鳴いている。まるで、前に来た時と同じように。日付も時間も目的も、何もかもが違うのに。
「これが終わったら」
「うん?」
「一緒に死ぬのもいいかなぁって思った」
彼女はもう、勝手に死ぬつもりはないようだ。そして、その誘いは、僕にとってとても魅力的だった。
僕が背負い込むはずの咎を拾わずにいるのは、もう限界だった。
「そうだね。朱音さんの家族は、きっと僕たちに死ぬ理由をくれるから、そしたら一緒に死のうか」
なんと言っても、僕たちは朱音さんを殺したのだ。罵られないわけがない。その場で殺してくれるかもしれない。
「うん!」
彼女は嬉しそうに頷いた。
これが終われば、もう逃げてもいい。そう言ってもらったようで、僕も嬉しかった。
葉月家にたどり着いた僕たちは、今度は揉めずにインターフォンを鳴らした。話すのは僕。
「どちら様ですか?」
その声は、朱音さんの声に似ていたけど、少し低かった。
「僕たちは朱音さんの友人で、生前、朱音さんから預かっていたものがありまして、お返しに参りました」
「そう。今、開けます」
扉を開けたのは40代くらいの女性。とても、やつれている。
「お線香、あげてって」
「お邪魔します」
僕と彼女は朱音さんの家に入った。朱音さんはもういない。
朱音さんの仏壇の前。線香をあげるという資格が、僕にあるようには思えなかった。
僕は、仏壇を背に振り返る。
「朱音さんのお母様、ですよね?」
「ええ。あなたたちは、学校のお友達?」
「いいえ」
「なら、えっと」
「お母様に、お渡ししなくてはいけないものがあります」
僕は手紙の束を取り出した。朱音さんの遺書。
「これは、朱音の字?」
「朱音さんの遺書です」
「い、しょ? ……本当に?」
「はい。生前、朱音さんから渡されていました」
「あなたたちは、朱音が死のうとしてたことを、知ってたの?」
そう。この言葉を、僕たちはもらいに来たのだ。
「はい、知っていました」
「なら、どうして、どうして止めてくれなかったの。どうして……」
「すみません。朱音さんは、僕たちのせいであの日に亡くなりました」
「待って。まず、これを読ませてちょうだい」
「はい」
僕たちはそれから数分間か数時間か、断罪の言葉を待ち続けた。
朱音さんのお母さんは、何度も何度も遺書を読み直しているようだった。
お母さんが重々しく口を開いた時、ついに来たと僕たちは期待した。
「これを拾ったのが、あなたたち」
「はい。海で拾いました」
「いつ?」
「8月3日です」
「それから朱音に会ったの?」
「はい。無神経にも、会いに行きました」
「どうして?」
「自殺を止めようなんて、思い上がっていました」
「ここに書いてあることは、本当なの?」
「わかりませんが、朱音さんの様子を見る限り、本当だと思いました」
「31日」
「はい。僕たちが不用意に関わったせいで、その日付を15日も早めることになりました」
「……あなたたちが、どうしたらいいかわからなかったことくらいわかるの。こんな内容じゃ、身近な大人に相談すらできないってこともわかる。
でも、朱音が本気だってわかってたなら、
私には言ってほしかった。
私たち家族には、教えてほしかった。
朱音が、こんなことになってたなんて、私たちは、全然」
やっと聞けた。やっと。
「ごめんなさい。あなたたちを責めるのはお門違いかもしれない。でも、帰って。そして、もう来ないで」
「はい。失礼します」
僕たちは、線香をあげることはなく家から出た。
「真凛さんには会えなかったけど、もういいかな?」
彼女の問い。それは、もう死んでもいいかな。
「そうだね。あの海に行こうか。僕たちが終わるなら、あそこがいい」
ボトルメッセージを拾った砂浜。そこで、終わろう。
「うん」
道中、僕たちは文化祭の話をした。夏休みが明けたらすぐにある。僕たちは出ることがない文化祭。
どのクラスが何をやるとか、もし参加するなら一緒に回ったのにとか、まったくもって無駄な話をしていると、心が落ち着いた。
砂浜に着いたのは、夕方だった。この時間は人がいる。僕たちは夕日を眺めながら、夜を待った。
沈む夕日は綺麗だけど、見慣れていて、感動なんて何もなかった。
「じゃあ、行こっか」
夜になり、見慣れた海は不気味さを手に入れる。この黒が、僕たちを裁いてくれる。
「うん」
「ねぇ、いい天気だね」
最後にそれか。締まらないなぁ。
「口下手すぎるよ」
「その服、似合ってるよ」
「制服だよ」
「まるで高校生みたい」
「高校生だよ」
「うん。行こ」
僕たちは手を繋いで、暗い海へと歩き出した。さぁ、これで。
「逃げんなぁああ!!!」
それは、今1番言われたくない言葉だった。それが、浜から響いてくる。
「逃げんな! お姉ちゃんみたいに逃げるな! あたしと向き合え!!」
まだ、僕たちは、……まだ。
「ぁ、ぁぁ……。君、1回戻ろう。ここで逃げちゃ、ダメだ」
僕は彼女の手を引いて、浜へと引き返す。引き返したくなかった。もう終わりたかった。でも、それはダメだって、握っている手の温もりが、言っている気がした。
下半身を海水でビショビショにした僕たちは、真凛さんと、浜と道路を繋ぐ階段に腰を下ろした。
「あんたたちのせいで、お姉ちゃんが死んだ」
「はい」
真凛さんは、僕たちを正しく糾弾してくれるらしい。ならば、それを甘んじて受けよう。それから死ねばいい。
「これ、お姉ちゃんの遺書」
「僕たちが預かった」
「違う! あんたたちに向けた、お姉ちゃんの遺書」
「え?」
「お姉ちゃんが飛び降りたところに、これだけ置いてあった。遺書だって書いて。でも、内容が意味不明で、お母さんも、お父さん、あたしも、わけわかんなくて」
手渡されたその手紙には『遺書 2人へ』と書いてあった。