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11話


 気がついたら、外から夕日が差し込んでいた。

 ベッドの上にいる。

 保健室。

 僕は。


 記憶が戻った。


「あぁあああ!!」


 声を出さずにいられるわけがなかった。養護教諭が止めるのも気にせず、喚き散らす。


「あぁああああああ!!うわぁああ!! あぁぁあああ!!」


 朱音さんが、死んだ。


 まだ、8月16日なのに。


 死んだ。


 30日に会うって、約束したのに。


 死んだ。


 戦うって決めたのに。


 死んだ。


「ぁ……ぁあ、ああ」


「大丈夫? 君たち、生物室で倒れてるところを」


 君たち。君たち。たち。たち。彼女は。


「彼女は!!」


「落ち着いて。桜夏さんは病院。君より過呼吸が酷かったから。でも、危険なことはないから、大丈夫」


「ぁ、ぁ、あ、ゲホッ、グホッ」


 息がつまり、咳が出る。

 僕の体はこの程度で苦しいと、死にたくないと悲鳴をあげるのだ。


「大丈夫? 落ち着いたらでいいから、何があったか話してくれない?」


「はぁ、はぁ。……友人が、死にました」


「え?」


「僕たちのせいで、15日も早く、死んだ……。死ん、ぁ、ぅ」


 僕は、名前も覚えていない養護教諭の(もと)で咽び泣いた。


 朱音さんは31日と言っていた。

 それが16日になった。

 僕たちと会った翌日になった。

 僕たちのせいで死んだのは、明らかだった。

 僕たちが殺したのは、明らかだった。

 僕たちが、殺した。

 僕たち(・・)が。

 彼女は。


 ダメだ。


 僕は傲慢にも、朱音さんへの咎を一時捨て置くことにした。

 それが最低の逃げであるとわかっていても。


「彼女のいる病院を教えてください」


 養護教諭は黙って頷いてくれた。



 彼女に会えたのは翌日になってからだった。

 彼女は面会謝絶だった。

 人と話せる状態ではないと言われた。

 僕がこれから彼女に会うことができるのは、彼女が望んだかららしい。

 それでも、十分言葉に注意しろと医者に言われた。その医者は心療内科医だった。


「やぁ」


 病室を訪れた僕は、そんな気の抜けた挨拶をした。何を話していいのか、わからなかった。

 面会には医者の同席が条件だったので、後ろからあの心療内科医も付いてきた。


「いい天気だね」


 彼女は僕の声を聞くなりそう言った。柔らかい声だ。今日は、雨だった。


「口下手にもほどがある」


「その服、似合ってるよ」


 僕の今日の服は私服だ。動きやすさを重視した安物。


「制服だよ」


「まるで高校生みたい」


「高校生だよ」


「もっとこっちに来て」


 僕は、面会者用になのか置いてあったパイプ椅子を、彼女の座るベッドのすぐ横に置いて、それに座った。


「2人にしてください」


 彼女は医者に向かってそう言った。無感情な声。

 医者は困ったように微笑んだ。優しい顔だと、僕は感じた。


「出てって!!」


 医者は僕に「くれぐれも」と言うよな視線を向けてから、部屋を出た。


「もっとこっちに来て」


 僕は言われるがまま、彼女の座るベッドに座った。


「もっと」


 彼女の隣に座る。彼女と肩を寄せ合って座る。


「今日は何日?」


「8月17日」


「あと、2週間?」


 それは。その期限は。もう。


「私、わかってるから、大丈夫」


「……」


「私たちのせいだよね」


「……」


「違う。私のせいだよね」


「それは違う」


「違わない! ……言い出したのはいつだって私だった。

 最初に海に行こうって言ったのも私!

 自殺をやめさせるって言ったのも私!

 赤色になるって言い出したのも私!

 15日に会うって言ったのも私!

 全部! 全部全部! 私のせいだ!!」


「違う! 僕が小心者だから。僕が言えなかったことを、代わりに君に言ってもらってたんだ。少なくとも、君だけ(・・)のせいじゃない」


「私が! 私が何も言ってなかったら! 8月31日まで生きてた! 今日、生きてた! もしかしたら、それより後だって、生きてたかもしれない。

 私は人殺しだ!!」


「僕は君と同じだけの罪を背負ってる。君は、自分だけを責めちゃいけない。同じように、僕のことも責めないといけない」


「違う」


「違わない。君が自分を人殺しと言うなら、僕だって人殺しだと言わないとダメだ」


「違う! 君は違う! 私が! 私だけが!」


「違わない。僕と君は、同じだけの罪を背負ってる」


 卑怯だとわかっていた。

 僕が何か言える立場じゃないことくらいわかっていた。

 僕が彼女の痛みに口を出していい立場じゃないことくらいわかっていた。

 彼女と同様に苦しむべき僕が、平然としてていいわけがないとわかっていた。

 全てを彼女に選択させた僕が、彼女よりもずっと罪深いことくらいわかっていた。


 でも、卑怯だとわかっていても、僕は自分に科せられるべき罪の意識を捨てて、ここにいる。


 それが許されない逃避だと、わかっていた。


「私、朱音さんに天国で謝ろうって」


「君が謝りに行くなら、僕も一緒に行く」


「いやだ!!」


「なら、謝りに行くのはやめよう」


「いやだ!! 私は行く!」


「1人では行かせない」


 彼女はすごいと。彼女は強い人間だと。そう、いったい何度思っただろう。

 そう思って、いったいどれだけ、彼女に押し付けて来たのだろう。

 彼女はすごくなんかないのに。僕と同じ、普通の高校生なのに。


「どうしたらいいの。だって、私のせいで、朱音さんは死んだんだよ。私も死ぬくらいのことしないと」


「どうしたらいいか、僕だってわからない。

 ただ、君に死んでほしくない。僕は、身勝手にも、朱音さんよりも君が大事だから、君に死んでほしくない」


「私がいなければ!」


「僕は、誰よりも君が大切だって決めた。僕にとって、君がいなければこの世界に価値はない」


 こんな薄っぺらい言葉。

 こんな身勝手な言葉。

 こんな無意味な言葉。

 僕の紡ぐ言葉は、こんなにもくだらない。


「バカだよ、君。私なんかいなければいい」


「違う」


「きっと私が生きてるせいで、みんな不幸になる」


「そんなことない」


「私のせいで、君だって不幸になった!」


「不幸なんかじゃない」


「不幸じゃないわけあるか! 今、私に怒鳴られてる君が、不幸じゃないわけない!」


「不幸じゃない。君がいないことの方が、ずっと不幸だ」


「そんなわけない。私さえいなければ」


「君は僕に必要だ」


「何に? 恋人ごっこをするため? どうでもいい雑談をするため? そんなの私じゃなくたっていいじゃん!!」


「君じゃないと、僕はダメなんだよ」


「そんなわけない。こんな風に喚き散らす私が、君に必要なわけない!」


 ここで彼女を抱きしめてしまえればどれほど楽だろうか。でも、それはきっと、ただの逃げだ。彼女からだけは、逃げてはいけない。


「君は僕に必要なんだよ」


「違う! 朱音さんが言ってる! 私に死ねって言ってる!」


「僕は君に死なないでと言ってる。僕は君に生きてほしい」


「私が死んだって、君が悲しむのは最初だけだよ。すぐに忘れる。でも、生きてたら、ずっと私のせいで苦しむ」


「そんなことない」


「そんなことある!」


「君が死んだら、僕は後を追う」


 それは最低の説得だ。

 でも、彼女を止められるかもしれないものを、僕は命しか持っていなかった。


「なんでよ!」


「君と一緒にいたい」


「いやだ! 気持ち悪い! ストーカー! ついてくんな!! ……ごめん、違う。そうじゃなくて」


「僕は君と一緒にいたい」


「なんで? 今の私、いやでしょ? 面倒くさいでしょ? うるさいって思うでしょ?」


「そんなことないよ」


「嘘だ! 今だって、早く生きるって言えよって、そう思ってるんだよ。面倒だなぁって思ってる。私、こんな、最低な」


「僕は君が好きだ」


「そんなの! もうさ、私、わかんないよ。もう、わかんない!」


「死なないでほしい」


「……ねぇ、どうして? どうして、朱音さんにはそう言ってあげなかったの? 君は、1回も、そうやって真剣に、朱音さんに死なないでって言わなかった!」


「……」


「違う。君は悪くない。悪いのは私で」


「違う。悪いのは僕だよ」


 わかっている。ここで僕まで死にたいと言い出したら終わりだ。わかっている。わかってる。わかってる。


「僕は朱音さんと真剣に話すことから逃げた。死なないでほしいと言うことから、逃げた。そう。悪いのは僕だよ」


 だから死にたい。死にたい。死にたい。そうじゃない。また逃げるのか。逃げるな。


「だから、その罪を贖わないといけない。……真凛さんに会おう」


「真凛さんに」


「僕たちには、彼女の遺書を渡す義務がある」


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