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もうその殆どが朧気にしかわからないものの、女性の瞳には青年の“瞳”から透明な雫が流れ出て、幾筋も頬を伝っているような、そんな風に見て取れた。
何よりも、ぱたぱたと音を立てて顔に降り注ぐ微かな生温かさが、それを裏付けている訳で。
目の前の青年が今、自分の為に涙を流して悲しんでいる。それと同時に青年の腕から伝わる想いに女性の瞳が微かに揺らぐ。
『銀姫! 銀帝!』
「お前達か……」
「!! なっ! 銀……姫? 銀帝! これは一体どういうことだっ!」
「銀姫、今すぐ傷の手当てを! どうかしっかりして下さい」
そしてこの惨状と化した場に恐らく全力で駆け付けたのだろう、所々息を切らしながら上げられる二つの声に女性は虚ろな目をさまよわせた。
一人は怒っているのだろうか。ひしひしと地を這うような酷く低い声色で、もう一人は対称に切羽詰まった声を上げている。しかし、どちらとも聞き覚えのある暖かな声なのは確かなことで。
そして、青年の腕から伝わる声色で確固たる確信を得ると、女性は今度こそ小さく心の内で嗤ったのだった。
未だ月は淡い光を放ちながら、地上の世界を照らしているにも関わらず、その壮大な姿はもう既に彼女の瞳に映ることはない。
微睡み(まどろみ)に沈んでいく意識の中で、女性はこの時見た月こそが、今まで見てきた月の中でどの中でも一番美しく、それでいて儚かったと。そう思った。
そしてそれと同時に感じるのは、微かな後悔と懺悔。
確かにあの日、人生が狂い始めたといっても過言ではないあの日を境にしてから、覚悟はしていたつもりだった。
だから悔いはなかった…――筈だったのに。
(たった一度、貴方を見てしまっただけでその覚悟がこうも簡単に揺らいでしまうなんて)
今更ながら芽生えてくる“恐怖”。手が僅かに震え、咄嗟に力の入らない手を握り締めれば、すぐさま堰を切って溢れ出してしまいそうな感情を押し殺した。
「……っ、ごほっ……ごほっ!」
「! 銀姫、もうそれ以上喋るな」
――…こんな“さよなら”の仕方じゃ、貴方は怒ると思うけれど
「ねぇ……?」
――…このままだと、本当に“コワレテシマウ”と思ったから。
「もう喋るな。身体に負担がかかる」
――…でも貴方はコワレてはいけないの。
「わら……ってよ?」