扉
ザァザァと流れ落ちる水の向こうから眩しい朝の光が入り込んできた。
「良く眠れたか?」
目の前には両手に魚を持った瞭然の姿があった。どこからか捕ってきたのだろう。
昨日の事は夢であって欲しいと心のどこかで思ってはいたのだけれど、どうやらどうしようもない現実のようだ…。
「この川でとってきた魚だ、焼いて食べよう。食べたらこの山の向こう側を目指そうと思う。」
私はバチバチと焼かれる魚をじっと見ていた。
そう言えば向こう側はどうなっているのか全然しらないな…
この世界は私の知らない事ばかりだ
自分が閉じ込もった場所にいたことをつくづく感じる。
「本当に良いのか…?」
瞭然が心配そうに私の顔を見つめていた。
「え?なにが?」
「その…昨晩は俺の頼みを聞いて一緒に探してくれると言ったが…なんだか…」
「やだっごめん。私ったら変な顔してた?私は手伝うよ、と言うか私で良ければ手伝いたい。それにあなたとここで離れ離れになっても私は助からないと思うし。」
「そうか…ありがとう。信じてくれて。」
質問したいことは山ほどあったけれど、昨日の彼がされた酷い仕打ちを聞いて彼の気持ちを考えると、とても聞けなかった。
千年以上も…ただじっと狭い場所に閉じ込められる恐怖…想像も出来ない。私達があの扉をたまたま開けなければ、瞭然はまだあの小屋に閉じ込められたままだったのだろう…そんな酷い仕打ちをされている人がもう一人いるなんて…。
私達はそれから一言も発することなくただ滝の音だけがする沈黙の中、食事を終えた。
「それじゃ行くか。」
「うん、ごちそうさま。」
「ここからは昨日みたいには担いで行けない。向こう側には魔女や魔術師がいるからな。すぐに気付かれる、そうならないために気配を消してゆっくりと進もう。」
この山を越えるのはどれくらいかかるのだろうか。何にしてもすぐには着かないだろう。
そんなことより、お父さんとお母さん…心配しているだろうな…これが終わったらちゃんと謝らないと…でも瞭然は両親に再び会うことも謝る事も出来ないまま千年が経っていたのかも知れない……って私はさっきから彼の気持ちばかり考えている。気分が落ち込んでしまってだめだな。瞭然はそんな様子を微塵も感じさせないのに。瞭然の彼女、ちゃんと見つかるといいな。
馴れない道のりを瞭然の後をただひたすら必死に付いて行った。
進み始めて1時間以上は経った頃だろうか。
もうそろそろ疲れがピークに達して一休みしたいと思ってたころ。山頂にたどり着いた。
「ここで一休みしようか。」
瞭然は私を気遣って休憩をとってくれた。
ゆっくりと山頂へ到着したとき、向こう側の町を初めて目にした。
そこには超高層ビルがいつも並び色とりどりのライトが輝き、今までに見たことの無い世界が広がっていた。
「なに…ここは…」
「向こうにあるのは魔動街、神龍守の反対側の街だ」
すごい…何もかも初めて見る…私達の町と違って人の多さも全然違う。華やかで、賑やかで、とても楽しそうだった。
「その龍の石…外したかったんだよな?」
そう言えば、すっかり忘れてたけど、それが目的だったんだっけ。
「もう少しだけ待ってくれないか?必ずその石は役に立つから」
「別にいいよ。そんな事忘れてたくらいだし。」
「そうか。」
「龍術…私にも使えるかな?」
「使いたいと強く願えば使えるようになるさ」
「強く願う、それだけ?」
「そうだよ、龍の力は扱うのは簡単なんだ、魔法と違ってね。」
「魔法と違う?」
「魔法は学ばないといけないが、龍の力は願うだけで叶うんだ。」
「簡単なんだね」
「ただ誰でも出来る事じゃない。龍に選ばれた者だけがその力を使えるんだ。」
「じゃあ、私は選ばれたんだね」
「ああ、そう言う事になるな。」
選ばれて良かったのか悪かったのか…どっちなのかはわからないけれど、知らない世界を見れただけでも、良かったと思うべきなのかな…?
「ここから先は魔女達のテリトリーだ今までよりも慎重に行くぞ、境界線を通る時が一番気付かれやすい。そこを過ぎればあとは安心して良いだろう。あの街へ行けば魔法も魔術も龍術を持つ奴も決して珍しくない。俺達の存在を上手く隠せる筈だ。」
こうして私達は魔動街へと進んで行った。