扉
ダッタダッダッダッと山道を私を抱いたまま簡単に走り抜けていく。
ここへ来るときはあんなに時間がかかったのが嘘のように。
それに私達の後を何やら黒い影が追いかけてくる、あれは一体なんなのだろうか、そんな事を思っていると
「このままじゃ埒があかない。あいつらを撒くために少し川へ潜りながら移動する…大丈夫、息は今と変わらず普通に出来るから。」
と瞭然が突然言い出した。
「ちょっと待って!川へってそんな急にっ…ひゃああ!」
私の事なんてほぼ無視して瞭然は川へ突っ込んだ。
川はひんやりと冷たく、思ったよりも深さがあった。
瞭然は泳ぐと言うよりは、川の中を宙に浮いているかのように、まるで龍のごとく、川の流れに逆らって移動をしていた。
私は反射的に息を止めていたものの、数秒後には我慢できず呼吸を再開してしまっていたが、彼の言う通り、水の中でも外とかららず呼吸ができたのでなんとも不思議な気分になった。
それからしばらく…、どのくらい進んだのだろうか。
突然瞭然は進むのを辞めると水の中から外へ顔を出した。
「もう、奴らは追ってきてはいないみたいだな。」
そこは、大きな滝が落ちてくる滝壺だった。
「昔と変わって無ければこの滝の裏に大きな穴がある。そこで少し休もう。この滝は俺達の存在を消してくれる。」
そう言って打ち突ける滝をくぐり抜けると、そこには大きな空洞が神秘的な姿を表していた。
そこにはいくつもの龍の絵が書かれていて、月の明かりに照らされてか、少しだけ輝いて見えた。
それにこれは今知った事なのだけれども、服が、濡れていない。本当に不思議な力だ。
「テンテン…大丈夫かな?」
「あいつの事は誰も狙ってはいない筈だ。上手く逃げ切れるだろう。」
その言葉を聞いても不安は全然消えなかったけど、私は無理矢理信じる事にした。
「何故この場所を知っていたの?」
「この場所は、昔…龍の住む場所だったんだ。あんたらは龍について全く知らないみたいだから、少しだけ昔話をしようか。」
そう言いながら瞭然は火で灯りを着け、私に回りに座るよう促した。
「昔この町には本当に2頭の龍が住んでいたんだ。俺の方の黒い龍、零神と白い龍、壱乃神だ。俺達、人間と共に暮らしていて、本当に俺達、人間を守っていてくれていた。」
「さっき言ってた壱乃神って龍の事だったんだね。」
「ああ、しかしこの山を越えた向こう側には魔女がいた。」
「魔女?魔女なんて存在聞いたことも無いけれども…」
「あんたらは魔女や魔術師にこの田舎に閉じ込められ、監視されてんだよずっと。千年以上もの間。
誰でもいい、この山の向こうを知っているやつ、あんたの周りにいるか?」
確かに…そう言われてみれば、この山を越えた先なんて考えた事も無かったし、考えようともしなかった。きっと私達の周りには誰も知る人はいないのかも知れない。
「その魔女達によって2頭の龍は傷付けられた。魔女は龍の力が怖かったんだ。2頭の龍をバラバラに離して閉じ込めたんだ。千年以上も前に。」
「その龍が…、あなたなの?」
「いや、さっきも言ったが俺は龍であり、龍で無い。龍を閉じ込めるとき、魔女達は龍を龍としては閉じ込めれなかったんだ。」
「どういう事?」
「つまり、魔女は人間の身体に龍を憑けさせた。かなり古い呪いの魔法で…その人間が…俺だった。」
目の前の炎のせいか、瞭然の目は潤んでいる様にも見えた。
「じゃああなたは千年前の…人…」
「そうだな、普通ならとっくの昔に死んでいる。」
「もう1頭の龍はどうなったの?」
「壱乃神は…その時の俺の恋人が…」
そこまで言うと瞭然はうつむき、顔を伏せてしまった。
なんとなく感じた…泣いて…いる?
彼も…私達と同じ普通の人間だ。
私は瞭然の背中をさするくらいしかすることが出来なかった。
「この世のどこかに…彼女は、閉じ込められたままいるはずなんだ…」
瞭然は泣くのを堪えながら話を続けた。
「俺と同じように、千年以上もただずっと助けを求めているはずなんだ…お願いだ、燈…出来れば、彼女を探すのを手伝って欲しい…」
「私で良ければ…もちろん…手伝うよ。」
そのまましんみりとした雰囲気がしばらく私達を包んだ。