story2 その6
「中学校時代の話をしよう。一言で言うならなにも無いだね 」
「え 」
相手の動きを止めた実感は充分だったが予想済みの反応であったので構わずに続けた。
「笑っちゃうくらいなにも無かったんだよ。中一と中二のことなんてほぼ記憶にもないし、中三は楽しくはなかったな 」
「友だちは。部活は。他にもほら……色々あるって! 」
区切りごとに芽衣の声は大きく、そして鋭いものになっていく。ふざけていると思って非難しているのか、それとも言ったことを信じてその上で失望しているのか。どちらにせよ短い返答のみで芽衣の真意を読み取ることは出来なかった。蓮ははっきりとかぶりを振った。
「芽衣が小学生のときどんなイメージを持ってくれてたかは図りかねるけど、僕は多分一人じゃどうしようもない人間なんだよ。ここ何年間がそれを証明してる。そう考えたら昔は芽衣に本当にお世話になってたって思う 」
そうは言っていても諦めてはいなかった。頭の中では中学校時代のことを必死で回想して思い出と呼べそうな素材を探している。しかし何も手応えはない。空の抽選箱の中に手を突っ込んで一等のくじを探しているのとやっていることは大差なかった。ようやく心もかぶりを振ったところにまで追いついた。
なんだか急に周りが冷えている。この世のものには例外なく感覚が刺激されることはないというのに。
芽衣はもうそれ以上は非難的にはならなかった。実際にはやってないけど前のめりの態勢を整える姿がそこに見えた。それから目尻を垂らした穏やかな表情を作る。
「けど私たちまた会えたから。お互い上手くいってなかった今にまた会えた。それってとても幸運なことじゃない? 」
芽衣の前向きな言葉に胸がただただ痛かった。だって芽衣との再会のきっかけは死なのだから。こうして会話をしている内に徐々に形を取り戻していく絆がたまらなく辛い。こうして顔を合わせている光景は周りの誰にも見えやしない。残そうとしても写真にも動画にも映らない。
また会えたから。
芽衣は幸運という言葉を使ったけれどきっとふさわしくない。こういう形での再会は紛れもない不運だ。いっそのこと運命やら偶然やらを呪いたい気分だ。
夜の帳が降りてくる。公園は砂を被った遊具だけが目立ち、もちろん人の姿は他にない。みんな最近の子どもに違いないのだ。
蓮は死んでることを打ち明けないことにした。
「もう帰るかな。色々話せてお腹いっぱいだから 」
ふと公園内で一番背の高い時計を見るとゆうに一時間は経っていた。そのまま立ち上がり、芽衣に背を向ける。
だが背に腹は代えられない、ここでは慣用句でなくそのままの意味だ。蓮は致命的なミスを犯した。蓮の帰ろうとする肩を芽衣は引き留めようとした。そのことに気付くはずもなく無警戒の身体に芽衣の腕が近づいていく。
けれど結果はもちろん空振りだった。そこにあるはずの身体はない。同時にはっきりとした異常事態を自覚させてしまう。
「なんで…… 」
そのまま姿が闇に消えるまで芽衣は固まったままを余儀なくされた。
「あの世ってどこにあるの? 」
その世でアサミの顔を見て開口一番、蓮は質問した。アサミは動揺の色を浮かべる。公園での様子をTVで見ていなかったのかもしれない。そんな新鮮さの浮かぶ表情に見えた。草のまばらに生えた路上でしばらく二人はにらめっこした。
「どうした? 」
「いいから 」
「……この町の外れに入り口がある。”あの世”自体がそこにあるとは限らないけどな。けど入り口の場所は知ってるよ 」
あっさりと答えをくれたアサミはなんだからしくなかった。
「そんなこと知ってどうするんだ 」
「芽衣を本当の母親に会わせたい 」
不運と決めつけた芽衣との再会を少しでも幸運に近づけるにはこれしかないと帰る道中に思っていた。それゆえの頼み。自分が芽衣といくら触れ合おうとも結局芽衣から受け取るものの方が大きくなってしまう。ずっとそうだったから。
だが現実は画して筋書き通りにはいかない。
「無理だ 」
「——家での映像を見たときにアサミだって思ったよね。芽衣にとっての家族はあの家じゃないんだ。病気だったお母さんのこと、本当に大好きだったのを知ってる。いくらあの人たちがいい人でも芽衣は救われないよ。だから! 」
「無理だ! 」
アサミは悔しさを込めてそう言う。あたりの空気を切り裂くほどの声はそれに比例するほどは響かずにすぼんでゆく。
「生きている人と死んでいる人、普通は会えるわけないんだ。その世だけが特別。あの世にちゃんと行った人はこの世には行くことができなくなるから。そのことは絶対だ 」