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となりの空は紫い  作者: 須野 セツ
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story2 その4

 その世の家に帰ってくると毎度のことながら疲れが下半身に一気に流れ込む。今日はいつも以上にしんどい気がした。それもこれも全て相沢芽衣のせいのように思えて仕方ない。それほど蓮の脳内は別れる直前の芽衣の微妙な顔が容量のほとんどを占めていた。


「JKの家を覗くってのはな…… 」


アサミはアサミでどうやら悩んでいるらしかった。かの有名な考える人のポーズを意識せずにおこなっている辺りが普通の人とは一味違うが。

 発言の内容はポーズと共に流そうと思ったのに、蓮は思いのほか匂ってしまった。これは下心ではなく純粋な気持ちであるということはここで前置きしておきたい。


「どういうこと? 」

「人生の大先輩の頭を平気で撫でるクレイジーなJKのこと、蓮は気になってるよね 」


悪意のある肩書きが耳についたが確かにその通りだった。正解に免じてクレイジーなのはどちらかと言えばあなたでしょ、とはここでは言うのを控えておくことにする。


「んー、幼なじみだからね 」

「事情を知りたいと思うよね 」

「思うね 」

「事情を知るにはどうすればいいと思う? 」

「そうだな……確かお父さんの話題を出したときに急に変な雰囲気になったから、家での様子でも分かれば 」


そこまで言って蓮はそういうことか、と一杯食わされたことに気付く。しかしアサミはご機嫌な様子で既に部屋のTVの電源を点けていた。


「このやり方には断固反対! 」

「蓮は幼なじみ権限で、俺は無垢な十歳だから許されるってことで。ほら、もう映ってるんだから 」


結局、申し訳ない気持ちよりかは興味の方が勝ってしまった。映っているのは予想通りとある家の様子だった。芽衣の家だ。だが家の様子を見ていて最初に思ったのは腑に落ちないということだった。


「これ、本当に芽衣の家の様子なのか?そんな雰囲気が全然しないんだけど 」


画面の中心にいるのはソファーで跳ねている小学生くらいの女の子とその母親と思しき人だった。奇しくも連想されるのはソウスケとその母親、年齢は二人とほぼ同じくらいに見える。食卓には良い匂いがこちらまで香ってきそうな料理が並んでおり、四人用の準備がなされていた。

だが蓮はこの二人の存在に得体のしれない不気味さを感じていた。これは芽衣にはいないはずの妹とそして母親なのだ。

 しばらくすると、「ただいまー 」と疲れと安心が混じったような声が聞こえてきた。ドアが開いて入ってきた人を蓮は知っていた。それは芽衣の父親だった。

 数えるほどだけど芽衣と遊んでいたときに会ったことがあった。よく芽衣を軽々と持ち上げてはほっぺたの落ちそうな顔で楽しそうに話していたのが印象的だった。しかし今はその腕には蓮の知らない少女があのときと同じように抱えられている。胃のあたりに気持ち悪いなにかが渦巻くのが分かった。

 芽衣の父親はその少女に何か囁くと少女は部屋を出ていったがすぐに再度ドアは開いた。そこには少女とそれに手を引かれた芽衣の姿があった。

 芽衣は父の姿を確認するとちょっと浮かない顔をしたが、それを隠すように「わー、ミホコさんの料理、今日も美味しそう 」と誰よりも早く椅子に座った。


「芽衣ちゃんはなんでお母さんのことをお母さんって呼ばないの? 」


柔らかい口調と裏腹な切れ味抜群の質問は一同を困った顔にさせる。ミホコが「早く食べないと冷めちゃうわよ 」と助け船を出し、なんとかうやむやになった。一連の映像に蓮もアサミもなんだかいたたまれなくなったがもう少し観察を続けることにした。画面の中では家族全員がそれぞれ湯気の立った料理に手を付けている。真偽はともかく、とりあえず母親であるミホコだけは料理を食べている様子を若干不安そうに何度か確認している。芽衣のことを特に注意深く見ていると思うのは単にこちらの偏見のレンズを通しているからかもしれない。

 さっきの尾を引きずっているのか、芽衣は食事中は無言で目の前の食事をやっつけに食べていた。他の三人は少女の学校でのことを中心に楽しそうに団らんしている。別に作為的ではないだろうけど芽衣にスポットライトが当たることは食事中一度もなかった。

 食卓の上の豆電球の灯りだけが虚しく芽衣を照らす。

 椅子が勢いよく押し出される音がする。結局、芽衣はまだ半分くらいは残っているおかずを前に「ごめんなさい。食欲無くて 」と逃げるように団らんの場から去ろうとした。


「芽衣、最近全然食べてないだろう。無理しろとは言わないが食べないと身体がまいっちゃうぞ 」


父の少し語調の尖った気遣いに芽衣は反応しなかった。そのまま自分の部屋へと行ってしまった。


「芽衣ちゃん、大丈夫かなあ 」

「女の子にはそういうときもあるのよ 」


ゆっくりとしたテンポの会話には気まずい雰囲気は漂っていない。ただ父だけは見えないドアの向こうに目を細めていた。

 突然目の前が真っ暗になった。


「はい、大体は分かったよね 」


蓮が何を思っているのかなんて容赦なくアサミは切り替えを促す。


「では見なかったことにするかあ 」

「——そんなの出来るわけないだろ! 」

「おおずいぶんなやる気だねえ 」


アサミの悪い癖だ。すぐ場を茶化そうとする。だが次の瞬間にはアサミの後ろには三十歳の幻影があった。


「こういう問題は時間がかかるんだ。しかも思春期の子だと特にな 」


まるで脅すような口ぶりだった。けれど言っていることは何も間違っていない。今見た映像を何回も繰り返せばその都度、彼らの家庭の問題がいやでも分かってくるはずだ。

 芽衣には新しい母親と妹がいる。あっさりとしているのはこの簡潔な説明だけである。



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