story2 その3
「——蓮? 」
この世での仕事……最近働き始めている新人の一人が言うに”エコ推進活動”はある一定の期間を過ぎると別の区域へと移動しての活動となる。ちなみに区域といっても町一つというよりは街一つであり、実際かなりの広い部分を担当しているわけである。
先日、蓮はそのことをアサミから聞いて背中に鳥肌が立った。まさかこのよく分からない活動が組織化しているとは夢にも思わなかったのである。その世を出歩いているときは道行く人の中に同業者がいる気配なんてまるでなかった。正直できるだけ他人と関わらないという生きていたときの歪んだポリシーが観察力を鈍らせていた部分は大いにあるだろうけど。
そんな仕事が終わろうとする帰り道だった。街にはっきりと声が響いたのは。
蓮が振り向こうと思ったのは自分の名前が呼ばれたからというありきたりな理由などではない。それは紛れもない違和感からだ。
その声はいつもの甲高く息を余分に吹かすような声ではなかった。もっと芯が通っていて、それでいて凛とした瑠璃色の声。反応して振り向くまでの数秒、蓮の脳内はフル稼働で回っていた。
誰の声?どこか懐かしいような。しかしなぜ名前を、それに見えているってことは同じ死人なのか、それとも……。
結局どこにもたどり着かない結論の答えは視覚に委ねられることになった。
路地には一人の女の子が制服のスカートを風に揺らしながら立っていた。肩に担いだ焦げ茶色のカバンには重力の片鱗が感じられる。蓮は陽の沈んでいく暗がりの中でもすぐに誰なのかが分かった。
「もしかして芽衣か? 」
アサミは子供らしいキョトンとした顔で突然のイベントを眺めている。蓮はそんなアサミの珍しい挙動にはまるで気付かなかった。彼女の姿を捉えた蓮の眼にはもう周りのものなんてピンボケもいいとこだった。
「やっぱ、やっぱ蓮だ!いつ振りだろ……って小学校卒業以来だから三年半振りだよね 」
「そ、そうだね 」
「ではあのとき約束してたタイムカプセルでも掘りにいきますか! 」
「そんなもの埋めてた覚えないけど 」
芽衣は二ッと口を真横に伸ばして笑顔を見せた。相変わらずチャームポイントのえくぼは健在だった。
「隣の可愛い子はどちらさん?まさかこの空白期間に弟が出来ちゃったとか? 」
「それはいくらなんでも成長早すぎだって。この人は———— 」
この人は何だというのだ。本当のことなんて言うべきではないだろう。芽衣の反応を見る限り、おそらく芽衣は今話しているのが死人だなんて思っていない。蓮の死を芽衣は知らないのだ。
いくら幼馴染とはいえ、むやみに言うものではない。それに芽衣の話し方はあの時とどこか違っていた。 明るいし、はつらつとした声で喋りかけてくるけど、それは芽衣がクラスメイトと話すときの口調だった。蓮と接するときの本来の芽衣はもう少しアクを含んでいる。お淑やかを感じさせる所作の中に幾分の抜けた様子がある、そんな感じ。けれど過ぎた年月を考えたら仕方ないのか、と蓮は焦りの中で納得した。
「蓮のいとこです。アサミって言います 」
不自然な間が生じる前にアサミが口を挟む。年上慣れしてて丁寧な対応ができる少年キャラとして。等身大の十歳を中々の好演技で初対面の芽衣に向けて演じ切っている。さすが大人。
「んー、男の子でアサミって珍しいねえ。蓮にこんな可愛いいとこがいたんだ 」
そのままアサミの方に近づくと芽衣はよしよし、と頭をおもむろに撫でてしまった。蓮は「あっ 」と思わず声に出してしまう。三十歳の男性が女子高生に頭を撫でられているなんて軽く事件だ。芽衣の下にあるアサミの表情はとても確認できなかった。
「なに? 」
「い、いやなんでも。芽衣は元気してるの? 」
「うーん、そこそこかなー。蓮こそ私がいなくても大丈夫だったの? 」
頬をほんのりと染めて言う。こんなことを言うのは芽衣にとってそれこそ小学校以来で久しぶりなのだ。
蓮は「もちろん 」と特に考えずに口にした。ここで流れを変な方向に持っていってしまうのは再会の場に余りに失礼に思えたからだ。
「お父さんも元気そう? 」
何気なく続けた言葉を引き金に芽衣の顔が硬くなった。直ぐに戻ったけれどはっきりとその顔には変化があったのを蓮は見逃さなかった。
「あー、ごめん蓮。もう時間がないんだよね。また今度ゆっくり話そう 」
それを指摘する前に芽衣は別れを告げようとする。この素早い展開の移り変わりに蓮は置いてけぼりにされそうになった。手元をスルリと抜けていく魚のように芽衣は蓮の視線も見ずにツカツカと歩く。
その一部始終を前にしばし呆気に取られていたがアサミにわき腹を小突かれて蓮はやっと正気に戻った。
「一週間後に今日と同じ時間!場所は———— 」
芽衣は蓮の大声を背中に受けて一度振り返った。
「場所はそこの公園で 」