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となりの空は紫い  作者: 須野 セツ
15/73

story2 その2

 新野蓮には幼なじみと呼べる一人の女の子がいた。新野家の隣の隣にその子の家、相沢家はあった。ちなみに隣の家はそこら一帯で一番古株。老夫婦の田中家。

 自分の家のドアを飛び出して頑張れば十秒でたどり着く、そんな両家の子供は当然のごとくよく顔を合わせた。近くに同年代の子供が他に住んでいないこともあったからか二人は小学校以前からよく遊ぶことになる。

 子供らしく外を意味もなく駆け回ることもあれば、室内でトランプやオセロをしたり、お菓子を食べるときもあった。そのときのことを改めて思い出すと、室内で遊べないときには外で遊ぶというそういう考え方の子供たちだった。

 蓮たちは外よりは室内を好む子供だった。ちょうどその頃は「最近の子供は外で遊びたがらない 」なんて定説がひっきりなしにメディア諸君を賑わせていた最中だった。けれどいつになっても時々思い出したように「最近の子供は———— 」の名目で似たことをトピックにして訴えるその説に毎回二人は声を揃えて言った。


「私たちはずっと最近の子供代表だね 」


室内で遊ぶ、けれどその室内を指すのは蓮たちお互いの家のことではなかった。その間の老夫婦である田中さんの家が専らだった。

 理由は幼馴染である相沢芽衣の家に入れないある理由があったからだ。一緒に遊ぶようになってから小学生時代ずっと芽衣の母親は重い病気で入退院を繰り返していた。幼いながらに蓮はそのことで少なからず芽衣に気を遣っていた。

 家に入りたいとは口が裂けても言わない覚悟だった。その代わり自分の家にも上げないというブラフをかけとくことで芽衣に対して気を遣っていることを悟られないようにしていた。

 芽衣はそんな蓮の不器用な誤魔化しを目の当たりにしたとき、眉をひそめるものの特に追及はしなかった。

 お互いの家に行かない決まりがあったからか、幼なじみときて恒例の家族ぐるみの付き合いとやらは二人にとって縁遠い存在だった。むしろ孫のように可愛がってくれる田中さんたちの下で蓮と芽衣はある種二人だけの世界を強固に形作っていた。

 小学校中学年くらいになるとそんな二人の絆を嗅ぎ付け、からかう輩が現れ始めた。


「蓮と芽衣はケッコンしてるのかっ 」

「ラブラブが来たぞ 」


所詮は小学生の戯言。どこかのマニュアルに書いてあるような決まり文句しか言ってこないので蓮と芽衣はそんなこと気にするか、と特に変わらぬ素振りで日々を送っていた、そのつもりだった。

 けれど実際の二人はお互いかなり気にしていた。それはあながち二人の間にそういう気持ちが知らぬ間に芽生えていたからかもしれない。

 芽衣は笑うとえくぼが口の横に浮き出て、それを見るたび田中のおじいさんは「ばあさんの若い頃より可愛いねえ 」と褒めちぎっていた。芽衣が褒められて恥ずかしがると決まって、


「蓮も可愛いと思うだろう 」


と追い討ちをおじいさんは蓮に促した。蓮は否定もせずに曖昧な態度を取り、その度田中のおじいさんはカッカッと入れ歯を誇らしげにむき出して笑っていた。

 そんな二人がただの無邪気さから少し脱皮して微妙な時期に差し掛かってしまった頃、芽衣の母親は長い闘病生活を経て天へと旅立った。二人が小学四年生の夏のことだ。

 芽衣はいつもと変わらぬ様子でそのことをサラッと告げてきた。そして世間話の話題を変えるときのような軽い調子でこの話を終えようとするのだ。

 蓮はたまらずそれを制してしまった。するとそれまで健気に振舞っていた芽衣の瞳からは大粒の涙が溢れ出した。

 蓮はただ背中をさすってあげることしか出来なかった。蓮は彼女の頼りない背中をさすっている間に一つの結論を導いてしまった。


————この子を守りたい、だけどこの子をもう好きにはなれない


何日か後には外面上の芽衣はもういつも通りの芽衣に戻っていた。二人の接し方も今まで通りに戻ったけれどなぜか時々二人はお互いが他人だということの悲しさに襲われるようになった。

 小学校の卒業。それを機に芽衣が違う学校の区域に引っ越すことを蓮が知ったのは卒業式の数日前だった。

 理由は聞けなかった。芽衣の方から言ってくれると思っていたけれどそれはただの甘い願望だった。けれど卒業間近の芽衣が時折歯を食いしばって何かを堪えるような表情を見せていたことからただならぬ事情があると後になってそう予想している。

 結局、聞きたいことは何も聞けぬまま芽衣は蓮の元を去っていった。



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